ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • 昨日は、バンガロール生活21年目にして、2度目のThe Only Placeで、友人と共にランチを楽しんだ。

    古き良きバンガロールの面影を残すこの店の歴史は1965年に遡る。わたしが生まれたのと同じ年、ブリゲイド・ロード沿いにオープンした「レジェンド・ゲストハウス」というホテルのダイニングが、この店の前身だ。当時、ステーキやバーガーなどの洋食は、米国人をはじめ、外国人の間でも人気を集めていた。1970年代に入り、ピザやパスタも供し始めたという。

    当時、この店の常連客に、日本人男性がいた。彼がある日、紙切れに唇💋の絵を描き、このダイニングのことを”The Only Place” (唯一の場所)と呼んだことから、この店名とロゴになったのだという。

    この店のことを調べていたときに、このエピソードを知って以来、得も言われぬ愛着を感じている。とはいえ、訪れたのは、昨日で2度目なのであるが。

    亡義父ロメイシュは、1980年代、バンガロールに単身赴任していた。正確に言えば、夫と義姉はデリーの祖父宅に暮らし、母親が1カ月おきに二都市を行き来するというライフ。学業を優先するために転校を避けていたとのことだが、小学生だった夫は、両親、特に母親と離れて暮らすのはとても辛かった。昔は子ども時代のことをよく話してくれた。

    当時、両親は「森のようだった」インディラナガールの一軒家に住んでいたらしいが、自宅に電話を繋ぐのも大変だった時代。決められた日時に、母がバンガロールクラブから電話してくれるのを、デリーの家の電話の前で、待ち構えていた。

    夏休みや冬休みなどの長期休暇の際にはバンガロールを訪れ、家族でThe Only Placeにもよく来たという。高級ホテルのダイニング以外で、外食ができる店が数えるほどしかなかった時代。ここのメニューは子どもの心を刺激したことだろう。彼はアップルパイやカスタードプリンが大好きだった。

    The Only Place以外にも、「南京」という名の中国料理店によく訪れていた。夫は30年前に出会った当初から、お箸の持ち方がとてもうまかったのだが、子どものころ、南京の給仕に箸の使い方を教わったらしい。

    夫と出会って30年。インドに暮らして20年。わたしのライフは夫のライフと溶け合って、わたしの心さえ、彼のノスタルジアに浸されているような感覚に陥る。

    、「ក្កុះករ జోస ಓಲ್ಲಿ He ONLY NTE PLACE STEAKHOUSE မှင် PLACE THE ONLY OPEN」というテキストの画像のようです

    今、前回の記録を遡ってみたら、昨日と同じシャトーブリアンの「ミニ」を頼んでいた。ミニとはいえ、ヴォリュームたっぷり。サイドディッシュもおいしくて、よく食べた。

    トラクター、テキストの画像のようです
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    コーヒー、コーヒーカップ、ヤグルマソウの画像のようです
    写真の説明はありません。

    食後は、チャーチストリート沿いのカフェへ場所を移す。20年前からは想像もつかない、賑やかに華やかになったこの界隈。まるで映画のセットの中に紛れ込んだような気さえする。いつだって心地よい、高原の風を受けながら、日が傾き始めるまで、友とライフを語り合う。平和だ。

    激変し続けるインドの、さらには拡大し、膨張し続ける高原都市バンガロールに身を置き続けて、遍く世界は移ろい、このごろは本当に、ライフをうまく消化できない。

    振り返りつつ、反芻しつつ、前に向かって歩いているつもりが、魂は後ろ向きに歩いているような錯覚に陥ることもしばしばで。これが歳を取ると言うことなのか。未知なる感傷、感情との遭遇に戸惑いながら、今日もわたしは、バンガロールに在る。人生の節目をたいせつに、過ごそう。

    サクレ・クール寺院、通り、テキストの画像のようです
  • わたしのキャリアは旅行ガイドブックの編集者やライターが端緒。広告代理店に勤めていた時期は、物販(通販)関係の仕事もしてきた。その後、ニューヨークに渡ってからは、広告営業や出版の仕事のほかにも、視察旅行のコーディネーションや講演など、さまざまな仕事に携わった。

    ライターの仕事は、ジャンルを問わず、多くの場所へ赴き、人々に出会い、文字にする。文章を育むためには、取材、情報収集は不可欠だ。

    2005年11月、インドに移住したわたしは、約半年後から、日本の広告代理店や調査会社からの依頼を受けての取材やコーディネーション、視察旅行を開始した。

    今振り返れば、インドライフ初心者ながら、よく対応できたものだと思うが、それは東京や米国での経験があったからこそ、だった。

    以降、COVID-19パンデミックまでの14年余りは、インドの政治経済、文化、産業、教育、ライフスタイル、トレンド、各種インタヴュー調査……と多岐に亘る分野で自分なりの「フィールドワーク」を導き、実現し、それを形(資料)にしてきた。わたしの書斎には、各クライアントに提出した無数の資料ファイルが、今なお静かに並んでいる。

    インド市場を知るには、少なくともインドが市場開放した1991年に遡り、歴史を知る必要があった。歴史を知れば、今がよく見えてくる。今がよく見えれば、未来が見える。

    わたしは、仕事を通して、インドを学んできた。

    編集者。英語ではEditor。しかし日本語だと、「集め編む者」と書いて、編集者。こうして日々、ライフの片鱗を集め、編み、発信し続けていることも、編集者としての衝動の成せる技かもしれない。

    だが、昨今ではもう、インドの変化がすさまじすぎて、ここに住んでいてなお、ついていけない。

    わかりやすい物価高騰の一例として。

    たとえば20数年前。当時、インドにおけるスターバックス的な存在のカフェとしてCafe Coffee DayやBarista Cafeが誕生した。そのころのインドは、都市部においてさえ、人々が街角でくつろげるカフェという存在がほとんどなく、強いて言えば、1杯5ルピー前後のチャイやコーヒーが楽しめる路傍のスタンドや食堂が主流だった。

    そんななか、Cafe Coffee DayやBarista Cafeのコーヒーは、1杯20ルピー前後という「高さ」だった。高くても、若者らや家族連れが、みんなでカフェでくつろげるからいいよね……というトレンドだったのだ。

    それが過去20年の間に、値段が2倍、3倍と上昇し、今では10倍を超える。

    これはあくまでも、消費者市場の一例だ。多様性極まれる国家の、そのライフスタイルが変貌する速度のすさまじさたるや、軽く語れる次元ではなくなってしまった。

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    薬、、「THE LEGACY 1940-2000 ABOUT ABOUTMILK MILK ALL 1940 THE BEGINNING 1940, ArnaDairy SM enerations. puremil ea etsredas startedas alitarm-led effort becamen sfelong promise qually. แิยป Jandr 1950-70 GROWING WITH FAMILIES mmunities.grew, W,Ar Ara magrew alongsiga atbulthome ikdat brands mattered. ំខភច០ purpose is ple uple-to to ke pure trition ible to ne. ne.For For pegins m." 1980-90 -90 TRADIT STRU pe Indatry™ PARTNER RESVISULPS Lt KR AHUISHA 13SADUBY」というテキストの画像のようです

    かつては市場を知るための一環として、さまざまなカンファレンスや展示会に赴いていたが、このところはアンテナの感度を落としていた。ゆえに先週は非常に「久しぶり」に、食の催しに足を運んだ。

    多くのスピーカーの話を聞いた。メモもたくさんあるが書けば尽きず。ゆえに1つのエピソードをシェアしたい。

    南インドの伝統料理をモダンにアレンジするレストランが増えている昨今。そのトレンドについて語るスピーカーの一人の話に感銘を受けた。それはわたしが指針としている「不易流行」と一致するものであった。

    そもそも食文化とはその土地その土地の祝祭や文化、伝統など、歴史に密接に関わるものである。

    南インドであれば、バナナリーフの広げ方、食後の畳み方にも地域によって違いがある。料理をサーヴする順序、発酵食品を口にするタイミング。旬の食材の取り入れ方……。それらは我々の健康にも大きく影響する。

    かつてはジョイントファミリー(大家族)で食卓を囲んでいたからこその、食事の供され方、メニューにもストーリーが必要だ。そのような食文化の「ルーツ」を心得たうえで、モダンにアレンジすることが望ましい……。といった内容。共感した。

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    この日は、ARNA DAIRYの優れた乳製品と出合えたこと、またフリーズドライのインド料理を研究開発し、商品化に漕ぎ着けたばかりのMiku’s Kitchen創業者のAnamikaの話が聞けたことは収穫だった。

    レトルトや冷凍食品が好まれない土壌のあるインドにおいて、栄養士の資格を持つ彼女が研究を重ねて生み出したフリーズドライのインスタント食品は、極めてヘルシー。水を加えて加熱するだけで、インスタントとは思えない旨味が再現されている。留学先でインド料理を恋しがる子を持つ友人らを思い出した。情報共有をしようと思う。

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    豆腐、薬、テキストの画像のようです
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    シャンパン、テキストの画像のようです
    、「a FISH FISH Chatpata READY READ READ N7 FARSAN FARSAN READY」というテキストの画像のようです
    、「MIKU's™ KITCHEN ENJOY IETIES RIED MIKU's™ TM KITCHEN e Bye Cheat Meals! Hello, Treat Meais! Ready 5 mins founded Nutritionist กล้สมาน uthonticlty FelukGrany Palak Gravy ปว 人店 ၅.ာ σιeB! MIKU'S Kato! Gholo! Kha Lo! (고독 回 MIKUS Red MIKUS DA MIKU'S 다 Halwa MIKU'S Alphonso Mango Makbani Gajar Halwa Pav Bhaji 的 ΕHιο 网國四D色 Ready mins Mango Pulp NoArtificial Flavors Freeze Natural 25-4 No Preservatives erfactfor MSG Safe Pregnant Women Child ENJOY9 VARIETIES OF REEZE-DRIED -DRIED DELICACIES 250 &1 KG PACK SIZES mikuscafeandkitahen ORDER NOW: 267/ 98676 98094」というテキストの画像のようです
    、「MIKU MIK Hello:Trea 回賽 Base One Dishes. ny MiKU's cec YellowGravy Hetla Hetlo TreatMenit ป Byc-Bye Yellow Ghololx Gravy Katol Thai Yellow ThaiYellowCu cy Egg curry Curry MatarMalai Methi Methi Malai Matar Chic Navratan Korma Navratan 16267 +91 88493 88493 Order」というテキストの画像のようです
    1人以上、テキストの画像のようです
    飲み物、テキストの画像のようです
    コーヒーカップ、薬、、「UABOυTMИ.K BOUT LABOUT OUT MILK 1 ARNADAIRY DAIRY ARNA Hortart iryuim kraavnas PURE&FRESH FRESH Chee」というテキストの画像のようです

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    昨日は、ミューズ・クリエイションのメンバーと共に、またしてもショッピング・モールへ。わたしのコーディネーションでモールを探検することになっていたのだ。参加者は、学生3名、駐在員夫人5名、女子(10歳&5歳)、わたしの計11名。ちょうどいい人数だ。
    目的地は、昨年終盤に開業したバンガロール最大のショッピング・モール「Phoenix Mall of Asia」。わたしは、開業の直後に一度訪れたきり。当初は半分程度の店舗しかオープンしていなかったが、現在は高級ブランドのフロアを除き、大半が稼働している。ショッピング・モールにありがちなフードコートだけでなく、独立店舗の飲食店が充実していることでも評判だ。

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    異国で買い物をするに際しては、ブランドや商品の知識がないと、何を選んでよいかわからないケースが多々ある。生鮮食品の品目にさえも、予備知識の有無によって食卓の豊かさが変化する。まずはスーパーマーケットを巡った後にランチ休憩、その後、モール内の店舗を巡ることにした。

    ツアーを開始する前に、約10分ほどインドの消費市場の変遷を説明。買い物に関心があるという10歳の女子にもなるたけわかるように、歴史を含め、概略を説明する。

    ①1947年のインド・パキスタン分離独立以来の社会主義的政策と商品の傾向
    ②1991年の市場開放、自由経済による外資の流入(ソビエト連邦の崩壊と資本主義世界への移行)
    ③IT都市としての、2000年ごろからの急速なバンガロールの都市化
    ④2005年ごろから増え始めたショッピングモールとその構成の変遷
    ⑤「インドならでは」の価値観が反映されたブランド、人気商品の傾向

    ……と、要約すると堅苦しい印象だが😅 このあたりをわかりやすく説明した後、スーパーマーケットの探検開始。午前中とあって、祝日ながらも人は少なく、広々とした店内をゆっくりと巡る。みなさんからの質問に答えつつ、わたしのお勧めの商品などもあれこれと紹介。気づけばあっというまに2時間が経過。そこからイタリアン・レストランでランチ。わたしはマッシュルームとクリームのフェットチーネを(クリーム&塩分控えめで)注文したのだが、パスタも味付けも、想像以上においしかった。

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    店舗巡りは、フロアごとに攻めていく流れに。ファッション、コスメティクス、ジュエリー……と、あらゆるジャンルの店が並ぶ中、特筆すべき店のバックグラウンドや特徴を次々に紹介、お勧めのブランドは店内に入り、商品など具体的に説明する。今回は、途中で自由解散としていたので、子どもたちは早い段階で離脱かな……と思いきや、10歳のお嬢さんが好奇心旺盛で、スーパーマーケットでもコスメティクスのショップでも、なかなかに的確なコメントを発していた。大人もさることながら、子どもたちが偏見なく審美眼を養っている様子を見るのは、非常にうれしいものだ。

    ちなみに5歳のお嬢さんは、男子学生の一人をロックオン💘。ほぼ「初デート」状態で、楽しそうだった。11時集合で、気づけば5時近く。解散後も、自分の買い物などをして、すっかり長居をしてしまった。もう一人のインターン大学生も、購買意欲に火がついたとのことで、8時ごろまでモールで過ごしたという。みな、とても有意義な時間を過ごせたと思う。

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    我々夫婦がバンガロールに移住直後の2005年11月時点。大型ショッピングモールといえば、2004年創業のForum Mall (現Nexus Mall)とBangalore Central、2005年創業のGaruda Mallの3箇所だけだった。消費市場が大きく変化を遂げ始めた当時から10年ほどは、日本の広告代理店やメーカー、リサーチ会社などからの依頼による、バンガロールはじめ、各都市の視察コーディネーションや市場調査の仕事が多かった。

    また、1991年の市場開放以降のインドのトレンド年表を作成するという一大プロジェクトに関わり、相当な時間とエネルギーを投じて情報収集をし、膨大な資料を作成した。ゆえに、移住後の20年間はもちろんのこと、それ以前の情報を把握していることから、いつでも過去の事例を引き出すことができる。今となってはそれら過去の仕事の経験が、すべて宝となっている。

    しかしながら……。残念なことに、日本企業の多くは、視察やリサーチに時間や予算を投入しないのが一般的。さらには止むを得ないことかもしれぬが、「現在のトレンド」だけを追いがちだ。そこには大きな落とし穴がある。

    インドに限ったことではないが、「点(現在)」ではなく「線(歴史/過程)」を見なければ、多くを見誤る。社会的な背景や、文化、習慣を知ろうとしなければ、同じ場所にたとえ100回足を運んでも、インドに何年住んでも、本質を見抜けない。わたしとて、約20年住んでなお、情報の更新や軌道修正はフレキシブルに行っている。昨今ではもう、トレンドを追うことすら不可能なほどに「新しさ」が怒涛のように押し寄せる日々だ。ともあれ、持ち得る自分の知識や経験値を今後ももっと活かしたい、足腰が元気なうちは、視察コーディネーションの仕事も積極的に継続しようとの思いを新たにした一日でもあった。

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    ところで、店舗の看板に併記されているカンナダ語についても、背景となる物語がある。かつてYoutuber眞代さんとのコラボレーション動画で語ったので、シェアしたい。

    ◉インドが世界一の英語大国へ?インドの驚きの言語事情!「教えて!みほ先輩!」

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    一昨日の夜、夫とともに、5月1日にオープンしたばかりの日本料理店「イザナギ」を訪れた。インディラナガールの100フィートロード沿い、TOITの北という便利な場所だ。

    来週、某所で開催される、わたしの日本の伝統文化などに関するトーク・イヴェントにて、「イザナギ」がプロモーションを兼ねて、軽食を提供してくれることになったことから、その前に試食をさせていただくことになった次第。

    チェンナイやバンガロールでの日本料理店での経験が豊富なインド人シェフによる、家庭的な日本料理の数々。味付けもなかなかに繊細で、心のこもった味わいだった。試食ということで、少なめに提供していただいたものもある。実際のヴォリュームとは異なる料理もあるはずなので、念のため。

    バーカウンターでは、日本を意識したオリジナルのモクテルやカクテルなども作られている。わたしたちは、米を使ったヘルシーなモクテルのあと、白ワインをいただいた。

    味付けやプレゼンテーションなど、気づいた点は忌憚なくお伝えした。「わたし自身の味覚や好み」よりも「インドの人はじめ他者の味覚や好み」が優先されるべきは承知なので、そのあたりも分けてお伝えする。

    ちなみにわたしが気に入ったのは、独創性あふれる「豚の唐揚げ」や「う巻き(うなぎ入り卵焼き)」、「肉じゃが」など。個人的にはMSGの使用が抑えられているところに好感が持てた。お腹いっぱいになりつつも、箸が止まらず食べ過ぎてしまった。

    近々、グランドオープニングだということで、これから内装や食器なども改善される模様。食事の提供だけでなく、日本文化を体験できる場としても育てていきたいとのこと。グランドオープニングのあとにまた、感想を記したいと思う。

    *ランチ、ディナーともにオープン。デリヴァリーにも対応。リカーライセンスは現在ワインのみ。メニューはヴァラエティ豊かで、全体にリーズナブル。

    🇯🇵IZANAGI
    https://www.zomato.com/bangalore/izanagi-indiranagar-bangalore/book

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    昨日は、夫の買い物に付き合って、ホワイトフィールド近くにあるショッピング・モール「Phoenix Marketcity」を訪れた。パンデミック以前は、年に一度のニューヨークで夫の衣類を買うのが定番だった。しかし、2019年を最後に、米国を訪れていない。もちろん、折に触れて何かしらは買っていたが最低限。ちょうどいいサイズのズボンを購入するのが一番のミッションである。ズボンの類は試着して、丈を切るなど手間がかかるゆえ、時間に余裕があるときに……ということで、昨日、二人して出かけたのだった。

    モールに2時ごろ到着し、ランチを食べた後、あれこれと店舗を巡り、途中コーヒー休憩を挟んで、さらにあちこちを巡り、帰るころには日が暮れて8時! 都合6時間もモールにいたことになる。愕然とする。夫との買い物。それは忍耐力と根気強さを試される時間。いろいろと書きたいエピソードが山ほどあるのだが、自動翻訳機能に勝手に「誤訳」されると不都合なので、大幅に割愛。

    過去20年に亘っての、インドにおける消費傾向の変遷に思いを巡らせ、その劇的な変化に感じ入る。滅多に買い物に出かけない夫の、20年前から止まったままの「消費者物価指数」を強制的にアップデートしつつ。テキスタイルの品質も変化し、かつてなかった新素材もあれこれと誕生している。とめどない。

    ともあれ、この日のミッションはとりあえず完了。疲労困憊。ほんと、お疲れ様でした。自分。

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    iPhoneを使うようになって、気軽に写真撮影ができるようになって、久しい。

    気づけば、蓄積される情景。忘れ去られて、一括削除されてしまうシーン。

    削除したくないので、投稿する。

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    先日、久しぶりにGo Nativeを訪れたら、変化していた。

    ヘルシーすぎて、少々物足りなかったミールスが、ヘルシーでありつつも、がっつりと変化していた。

    おいしかった。

    自然派コスメティクスも、南インド産のカカオで作られたチョコレートも、天然素材の香り豊かな石鹸も、綿や絹や麻の着心地がいい衣類も、みんな、進化する原始。

    わたし自身も、アナログ回帰を試みている昨今。

    素足で大地を踏み締めながら、「倍速」しない、実速の、確かな時間を過ごしたい。

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    昨日のサンデーブランチ。久々に、シャングリ・ラ・ホテルにある日本料理店Yataiiへと赴いた。日本人シェフが異動されるということで、急遽、茶道の催しが開催される旨、前日にMuse CreationのWhatsApp グループで情報がシェアされのだ。

    今年の3月、拙宅にて茶事を共催したRisaさんからのご案内。ブランチに先駆けて、ロビーでは友人夫妻の子供たちによるピアノ演奏も披露されるという。

    通常、週末は空港近くの新居で過ごしているが、先週末は、幸い街中の旧居にいた。日曜日は、半年ほど前から中途半端のままで終わっている書斎の大掃除をするつもりでいたのだが、大掃除は更に先延ばしにして、出かけることにしたのだった。

    着物や浴衣での参加も歓迎されていたので、早速、一張羅の絞りの浴衣を取り出す。今年6月の東京で購入したもので、とても気に入っている……が、既製品だったので、身幅が狭いのが玉に瑕。さらにはついつい、スタスタと歩いてしまうので、裾がはだけて見苦しくなる。和装選びについても、立ち居振る舞いや所作についても、これから身につけねば。まずは頻度高く着ることから始めよう。

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    シャングリ・ラ・ホテルのロビーフロアは、明るく広々と、開放感があってよい。その一隅にあるラウンジのピアノを、巧みに奏でる少女たち。急に出演が決まったとは思えない堂々たる演奏だ。

    中でも、わたしの大好きな曲『朧月夜』の連弾が、心に沁みた。旋律も歌詞も、本当に美しい。一緒に熱唱したくなる衝動に駆られた。我慢したけど。

    こんなにも短い言葉の中に、日本の春の夕暮れの美しさが、凝縮されている。

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    菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。
    
春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し。
    里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
    
蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める 朧月夜。
    (作詞/高野辰之、作曲/岡野貞一)

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    ランチの席では、日ごろはあまりお会いする機会のないミューズ・クリエイションのWhatsAppグループのメンバーやそのご家族、そして当方の発信をご覧になっている初対面の方々にも声をかけていただいて、とても楽しいひとときだった。

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    ところでシャングリ・ラ・ホテルに来るたびに、ロビーのフラワーアレンジメントの前で写真撮影をするのが恒例なのだが、今回は、笑えるほどダイナミックだった。多分、独立記念日に因んでの国鳥クジャクの登場なのかもしれない。もはや、アミューズメントパーク状態だ。

    そして毎度、情景とのコーディネーションが冴えている我。

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    🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。

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    昨日は月に一度のミーティング。その前に、UBシティにあるToscanoでランチ。ここで食事をするのは、久しぶりだ。2008年に、このUBシティがオープンした時は、バンガロールに新しい中心地ができた気がして、うれしかったものだ。

    かつてLeela Palace Hotelで腕を振るっていたフランス人男性シェフのJean Michaelが独立して創業したToscano。瞬く間に、バンガロール各所のショッピングモールで店舗を展開、画期的な存在だった。

    クライアントをお連れしたり、ミーティングの合間のひとりランチを楽しんだり……。何度となく訪れてきたこの店。

    やがて、Jean Michaelの兄も「脱サラ」してパリからバンガロールへ。同じUBシティにCafe Noirをオープンした。Cafe Noirでは、当時はまだバンガロールでは手に入らなかった、焼きたてのバゲットやキッシュなどが売られていたので、時々、持ち帰ったりしたものだ。

    今となっては、数えきれないほどの飲食店が誕生しているバンガロール。選択肢は有り余るほどで、歳月の流れと街の変化に戸惑うばかり。

    ……何を見ても、何かを思い出し、何かを綴らずにはいられない。

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    ランチのあと、8月生まれの友人と共に、誕生日を祝ってもらう。彼女たちと迎える7回目の誕生日。
    「来年は、美穂の節目の誕生日を盛大に祝うからね」と友。

    来年はまた、インド生活20周年でもあり。節目が重なる。この国で、この町で、自分の歴史も重ねる。
    元気に生きよう。みんなありがとう。

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    今年に入ってから、旅をする機会が増えている。誕生日の週末もどこかへ行こうかと夫から提案されたが、わたしは近場で気分転換ができれば十分だと思っていた。そもそも、平日はバンガロールの中心部にある旧居、休日は空港近くの新居を往来する日々。落ち着きがない。

    旧居から新居までは、道路交通事情にもよるが、車で北へ約40〜50分程度。このリゾートまでは更に北へ40分ほどの距離だ。

    かつては、閑散としていた北バンガロールは、過去10年でみるみるうちに変貌している。特にデヴェロッパー大手のPrestigeグループやEmbassyグループの手がける高級住宅地が次々に誕生し、空港周辺のトラフィックを加速してきた。今ではもう、さまざまな不動産会社が雨後の筍のごとく、開発を進めている。

    特にPrestigeグループが、2011年、このナンディ・ヒルズにPrestige Golfshireというゴルフコースと住宅地のコンプレックスを構築してからは、北部の開発が加速されたように思う。PrestigeグループとJWマリオットは提携していることから、ゴルフコース内にもスケールの大きいマリオットのホテルがある。

    わたしたちが今回滞在しているリゾートは、ゴルフコースから車で5分ほどの場所にある、やはりマリオットの経営するMulberry Shadesというホテルだ。こちらはこぢんまりと、アットホームな雰囲気が漂う、真新しいリゾートだ。以前から気になっていたので、ここで過ごそうと決めたのだった。

    ナンディ・ヒルズに近づくと、空気が変わる。

    以前は「いい感じ〜」くらいにしか思っていなかったのだが、今回は明らかに、異なる力を感じた。去年の誕生日はタミル・ナドゥ州にある霊山、アルナーチャラの麓で過ごし、山の周辺14kmを、都合2周もするなど、よくわからない衝動を起こしたものだ。あのときは、パワースポットのパワーを浴びすぎた気がする。

    その後も再訪し、またしても14km歩いた。自分でも、その衝動がよくわからない。

    そして昨日。山を仰ぎつつ、ここは「いい感じ〜」を超越する力を感じた。懐かしさも感じる。ナンディ・ヒルズ。かなりのパワースポットではあるまいか。実際、山の頂上や、周辺にも寺院は点在している。あいにくここ数日は曇天で、ピクニック日和とは言い難いが、2泊3日の滞在中、寺院に足を伸ばしてみようと思う。
    天気がよければ、日の出を見に行く……ということも考えていたが、明日の朝も曇天らしいので、それはまた別の機会に。

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    昨日の朝、夫が花を注文してくれていた。美しいアレンジメントを家に置き去りにするのは惜しく、ニューアーク・ミッションでいただいた花と一緒に、車に積み込んでホテルに持ってきた。それらを部屋に飾る。テーブルには、誕生日ケーキなども用意されている。

    わたしがここに滞在していることを知ったPrestigeグループの友人Anjumが、ワインやアペタイザーなども届けてくれる。本当にありがたく、うれしい。

    夕食は、ホテルがアレンジしてくれる車でPrestige Golfshireまで赴き、EASTというオリエンタルレストランで夕食をとった。やはり、Anjumが個室を準備してくれていて、スタッフが歓待してくれる。広すぎるほどの贅沢な空間。シェフに味付けの好みなども伝えて、ヘルシーに美味な点心や、魚料理などを楽しんだ。とてもおいしかった。

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    日本に生まれ育ち、米国を経て、インドに暮らすことになった自分の命運。せめて誕生日くらいは、その意味を、しっかりと考え、噛み締めよう。

    異邦人であるわたしを受け入れてくれるこの国と、我がライフを取り巻く人々に感謝しつつ、この先の一年もまた、大切に過ごす。

    みなさん、ありがとうございます。

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    一昨日の夜、友人Radhaの邸宅で開かれたパーティに出席した。まるでアートギャラリーのごとく、絵画や調度品が配された、美しいインテリア。Radhaの家づくりに対する情熱が伝わってくる。日本を旅したときに購入したという薩摩焼のお皿も飾られている。日本文化への関心も強い彼女は、わたしが開催した「着物とサリーの比較展示会」にも参加してくれた。

    ブータンで購入したという曼荼羅がとても気に入ったので、写真を撮らせてもらった。曼荼羅にもお国柄があるのだということを、当たり前のことながら、しみじみと思う。

    ちなみに、この日のわたしは「日本風味」を漂わせるべく、前日に引き続き、またしても浴衣で参上。わたしは浴衣を3枚しか持っていないので、着回し状態。これは、高校時代、体育祭で「盆踊り」に参加するために仕立てもらったもの。香椎の商店街にあった呉服店で、浴衣の反物を選んだ。わたしは子どものころから「椿」が好きだったので、これもまた椿柄である。以前は「古い浴衣」として、クローゼットの奥深くに眠らせていたが、最近では「ヴィンテージ浴衣」として、脚光を浴びさせている。

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    ワインをいただきつつ、旧知の友、初めて会う方々……と言葉を交わす。中でも、バンガロールの動物保護団体CUPAを創業メンバーであるDr. Shielaとお会いできたのはうれしかった。

    バンガロール市内に数カ所の拠点を持つCUPAへは、ミューズ・クリエイション創設以前から、過去3回ほど、訪問している。それ以外にも、CUPAには、野良犬の保護や野良猫の避妊手術の際にお世話になってきた。彼女のハズバンドは、バンガロールで昔から人気のあるアイスクリームショップ、Corner Houseの創業者と知り、これまた感銘を受ける。

    わたしが初めてバンガロールを訪れた20年前、今は亡き義父のロメイシュ・パパが「ここのアイスクリームがおいしいんだ!」と、教えてくれた。義父はバンガロールへ来るたびに、Corner Houseを訪れていたことを思い出す。今はどうなのかわからないは、当時はイチゴの季節、期間限定で販売されていたストロベリー・アイスクリームが、ことのほか、お気に入りだった。今ではアイスクリーム店の選択肢も増え、Corner Houseはその中に溶け込んでいるように見えるが、当時は唯一無二だったのだ。

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    多くのインド人男性は、甘いものが大好き。甘いものが苦手……という人に出会ったことはほとんどない。お酒を飲もうが、食事をたっぷり味わおうが、食後のスイーツは欠かさない。この日も、バーカウンターに集っていた初老の紳士らと混じって話をしたのだが、みな、食後にたっぷりのアイスクリームやケーキをおいしそうに召し上がっている。

    「この結果が、このお腹だよ!」と割腹のいいお腹を揺らして笑いながら、しっかり平らげる彼ら。またしても、ロメイシュ・パパのことが思い出される。

    「わたしの義父も甘いものが大好きでしたよ。デリーに住んでいたので、冬、訪れると必ずガジャル・ハルワ(冬の北インドで収穫される赤いにんじんを使ったお菓子)が出されるんです。義父は”これは健康にいい”と言って、積極的に食べてましたよ!」

    と、話すと、皆、大笑い。

    「ガジャル・ハルワに入れる砂糖の量はすさまじいよね。牛乳にバターもたっぷり。ニンジンの栄養価なんて、たかが知れてる。でもおいしいんだよな〜!」

    男性一同、深く頷く。屈託がない。

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    ところで、この夜は、Radhaのハズバンドの出身地であるマンガロールの家庭料理が供された。多様性に富むインド各地の料理。それらの魅力を一番、楽しめるのは「ご家庭の味」だ。外食では口にすることができない、各地、各家庭の味覚がある。

    わたしがマンガロールの家庭料理をいただくのは、これが2回目。前回の家庭料理とはまた異なる、しかしこちらも、美味なる料理がたくさん、テーブルに並んだ。

    一般のドサは米や豆の粉を発酵させた生地を「香ばしく焼いたもの」だが、マンガロールでは、生地をしっとり柔らかく仕上げた「ニールドサ(Neer Dosa)」が主食のひとつ。Neerは「水」を意味するので、直訳すると水ドサとなる。スパイシーなグレイビー(カレー類)ともよく合う。ちなみに写真の黄土色のトッピングは「ジンジャー入りのチャトゥネ」だとのこと。

    ノンヴェジタリアン、ヴェジタリアン、すべてをもれなく味わった。小ぶりのマンゴーを甘く煮込んだ料理は初めての味覚。デザートのごとく甘いのだが、辛い料理とマッチしておいしく、ごはんが進む。なかなかに危険な料理である。

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    ところで、ここカルナータカ州は広い。南インドでは最大の面積を持つ。州都であるバンガロールは、海のない高原都市だが、西側はアラビア海に面している。バンガロールから水平に西に位置する場所に海辺の都市マンガロールがある。参考までに地図を添付する。マンガロール料理は、山海の幸が豊富で、個性的な料理が少なくない。

    以前は、近所にあるMangalore Pearlというレストランをよく利用していたものだ。

    話も飛び飛びに、書いておきたいことが尽きぬが、参考までに以下、過去の記録をシェアしておく。

    🐕動物保護施設CUPAの訪問記録(2009年/2014年)

    🐟友人宅で、マンガロールの家庭料理をごちそうになる。チェティナードに思いを馳せる。

    🐟マンガロール料理店、Mangalore Pearlへ(2015/08/12)

    🐟第1回🇮🇳ローカルフード探検@MANGALORE PEARL (2011/08/04)