ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。

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🌱昨夜の食卓。Gourmet Gardenの「小松菜」。そう、Komatsuna。生姜焼き的味付けにした豚バラ肉と共にごま油で炒める。そして、米よりもむしろ多いほどのグリーンピーと共に、「ピースご飯」を作る。このグリーンピーも、Gourmet Gardenのもの。炊いて混ぜれば、豆の存在感は弱まる。

味噌汁をマグカップに入れる適当が許される食卓でよかった。昨日は夫が長年苦戦していたディールがようやくクローズしたので、祝杯。いや、ほとんど毎日祝杯だが🥂

🌱グリーンピースを見ていたら、ふと幼児期の記憶が蘇った。妹が生まれる前後、わたしはしばしば、父方の祖父母の家に預けられた。父が運転する三輪トラックの助手席に乗せられ、福岡市から、福岡県京都郡苅田町まで。小さなわたしに助手席は広く、不安定だった。シートは太陽の光を吸って、熱かった。

「お姉さんになるんだから」「しっかりしなければ」と、強がってはいたけれど、父がわたしを置いて、トラックで去っていくのを見るときには、涙をこらえた。遠くのシェル石油の看板が、かすかに潤んだ。

祖母は、そんなわたしにとてもやさしかった。畳の上に敷かれた布団。眠るわたしの傍らに座り、時に横たわり、子守唄を歌いながら、団扇で仰いでくれた。夏だったということは、3歳になる直前か。

🌱幼児期はまだ、前世の記憶が残っているというのは、確かだと思う。あのころのわたしは人生経験がほとんどなかったにも関わらず「懐かしさ」や「郷愁」が心にあって、「帰る場所」を探していた。

たまたまわたしは記憶力がいいので、その心情をはっきりと覚えているが、きっとほとんどの人間が、そうなんだと思う。

🌱ある夕暮れ時。わたしは祖母と一緒に、グリーンピースの皮を剥いていた。多分、その小さな手でゆっくりと。……とある瞬間に、途轍もない悲しみが込み上げてきた。堰を切ったように涙が出てきた。大声をあげて泣いた。

泣いても泣いても、涙が止まらなかった。台所のガラス窓や、棚に並んだ鍋が、涙で歪んで見えた。祖母は驚いてわたしをなだめる。大声を聞きつけた隣家の伯母が、まだ小さな従兄弟のKくんを連れて来た。

「ミホさん、どうしたとね?! Kくんもびっくりしよるよ」

伯母さんに抱かれ、きょとんとした表情でわたしを見つめるKくん……。

翌日、祖母は近所の雑貨店のおもちゃ売り場のようなところへ、わたしを連れて行ってくれた。何か欲しいものを買ってくれるという。わたしは理不尽に泣いたことを申し訳なく思っていた。しかし、そのことをうまく伝えられる術もなく。ごめんなさいと謝ったかどうかは、覚えていない。

目に止まったのは、小さな小さな電気スタンドだった。ピンク色のランプシェードがかかった、高さが15センチほどの、本当に小さな豆電球のスタンド。その傍らに、ふさふさと白い毛のスピッツの、小さな小さなぬいぐるみがついていた。当時の日本、キャンキャンと鳴く、あのスピッツを飼うのが流行っていたのだ。

それを、祖母に買ってもらったのだった。

🌱ピースご飯を食べながら、そんな半世紀以上も前のことを、思い出す。子どもは、わかっている。結構、わかっている。

多くの人は、ただ忘れているだけ。わたしたちは、この世に生を受けてまもないころから、いろいろなことが、わかっていたのだ。きっと。

* * *

😲今、まさかないよなと思いつつ「スピッツ」「電気スタンド」で検索したら……出てきた! これよこれ! 昭和もののオークションサイトに同じようなものがあった!! この写真とほぼ同じ。ピンク色のランプシェードだった。この温度計にも見覚えがある。ああ、今思い切り、時空が飛んだ。

おばあちゃん、あのときは無駄に泣いてごめん。

Sim

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