ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    2001年の7月、結婚式を挙げるために、当時暮らしていたニューヨークから夫の故郷、ニューデリーを訪れた。初めてのインドで受けたカルチャーショックは多々あったが、最も強く感銘を受けたのは、インドの人々が、いかに「家族や親戚との交流」や「友人知人らとの社交」を大切にしているか、ということだ。

    宗教、階層、コミュニティ、地域、言語……と、多様性に溢れたインドだが、家族との絆の強さ、社交の重要性は、遍く共通していると思われる。

    日本に暮らしていたころは独立独行、友達も少なく、自分のキャリアの構築(&ときどき恋愛)が最優先事項だったわたしだが、ニューヨークに渡ってからは、かなり社交の機会が増えた。各種パーティに参加するのをはじめ、自分でも開催するなど、もてなされ、もてなすことにも慣れていった。

    しかし、インドに移ってからは、米国の比ではないほどの「集いの多さ」を実感した。最近でこそ、子供たちは子供たちで……という趨勢が強くなったが、一昔前までは、週末は家族や親戚が集まって食卓を囲む、あるいは友人たちを招いてパーティをする情景は一般的。子供が大人に対して臆することなく自分の意見を言い、討論することができる土壌は、このような社会的背景も影響している。

    さらには、各宗教の行事、冠婚葬祭が重要視されるインドでは、特に年の後半はホリデーシーズンに突入。通常でも週休3、4日感覚のインドが、週休5日制くらいになるから、スケジュール管理は至難の業になる。

    家族が病気になったら、会社を休んで、病院に連れて行く。病人が一人で病院に行くことの方が稀だから、インドの病院は待合室が込み合っているし、病室には付き添いの家族が泊まるためのベッドも用意されている。

    良くも悪くも、インド世界は人間同士の絆が強く、共に支え合いながら生きている。わたしたち夫婦は身内の数が少なく、故に冠婚葬祭の頻度も低いから問題ないが、これが大家族で親戚も多いとなると、しばしばあちこちに駆り出されて、忙殺されるという側面もあることは否めない。

    そんな社会的背景のインドに暮らしているがゆえ、わたしも郷に入り郷に従っているうちに、気づけば社交のスキルが上がっていた。ミューズ・クリエイションで8年もの間、毎週金曜日に自宅を開放して多くのメンバーを招き入れていたことも、全国的に「ご自宅の敷居が低い」インドだからできたことである。これが日本だったら、決して実現できなかった。

    🇯🇵さて。週末を新居で過ごすようになってから、人々を招く頻度が増えている。

    一昨日の土曜日は、YPOバンガロール支部の企画によるIntegration Dinnerのホストを務めた。新メンバーや、普段、交流の少ないメンバーを招き、互いを知り合うのが目的。わたしたちも以前、他のお宅に招かれ、楽しいひとときを過ごした経験がある。

    我が家がホストとなるからには、日本らしさをアピールしたい。毎度、自己流の日本料理風な料理でもてなし、昨年の「日本風味なヴァレンタインズ・ディナー」で使用した日本のお茶の歴史を巡るプレゼンテーションの準備をし、さらにはインドで日本酒や梅酒の販売を試みている友人から梅酒のサンプルをもらっていたのでそれをお出しするなど、随所に日本を漂わせた。

    わたしはインドに移住して、加工食品などを口にする機会が激減したこともあり、MSGなどの化学調味料や食品添加物をほとんど口にしなくなった。極力、新鮮な食材を用い、最低限の調味料で、しかしそこそこ、インドの人たちの口に合うメリハリのある味にするのは、簡単ではない。

    特にヴェジタリアン向けには、魚の出汁はとれないので、昆布と椎茸が決め手となる。ヴェジタリアンにも卵を食べる人、曜日によって肉も食べる人など、いろいろ条件があってややこしい。なにしろ多様性ゆえに、配慮も要される。

    ちなみにスイーツは抹茶クリームのスポンジケーキ。なかなかにファンシーな見栄えで、おいしく出来上がった。卵を使っているので、「卵は避けている」というヴェジタリアンの友人には別のスイーツも用意していたのだが、「お菓子の卵は大丈夫なの」という人もいて、コケそうになる。ほんとうに、何年住んでも面白いインド。

    料理の詳細を書きたいところだが、長くなるので割愛。

    ともあれ、土曜日は朝からキッチンに立ち、あれこれと料理の準備をし、ゲストを迎えたのだった。

    一人の欠席もなく、21名のゲストが来訪してくれ、語り合い、飲み、料理を楽しんでくれ、実に有意義かつ達成感の高い土曜日であった。特に、日本酒に詳しい友人や、日本料理が大好きすぎる友人らは、本当に喜んでくれた。今回は大人数だったこともあり、盛り付けなどは、細部にまで行き届かない点があった。

    次回は「Strictly Non Veg(厳格な肉食/非菜食)な友人を小人数招いて、心置きなく鰹だしやら卵などを用い、一人ずつ丁寧に盛り付けた、上品な日本料理作りにも挑戦してみたいと思う。

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    【食材の調達先は以下の通り】

    ◉MAIN DISH/刺身やうなぎ(熊本産)など良質な日本の食材
    https://www.maindish.in/

    ◉WoollyFarms/オーガニックなどの新鮮な野菜
    https://woolly.io/

    ◉Living Food/Burrata チーズほか、高品質なインド産の食材
    https://livingfood.co/

    ◉Brown Koji Boy/手作りの味噌やたまり醤油
    https://brownkojiboy.com/

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    Last year, when I couldn’t go out because of the lockdown, I was taking dance lessons online with Bollyque. This time, the girls stopped in Bangalore on their trip to India.

    🇯🇵昨年、ロックダウンで、外出できなかったころ。わたしはBollyqueのオンラインのダンスレッスンを受けていた。今回、彼女たちはインド旅行の途中、バンガロールにも立ち寄り、我が家に滞在。実質2日間ながら、濃密な時間を過ごしている模様だ。

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    昨日は、Ambaraでの展示会に参加した後、すぐにOBEROI ホテルへ赴く予定だった。ところが、AmbaraのオーナーであるJayaが、ナーサリーの裏庭にオープンしたカフェでランチをと勧めてくれる。せっかくなので、「軽めのものを」と、サラダやラザーニアなどを少しずつ、試食させていただいた。

    どれも心がこもったアットホームな味わいで、おいしい。売られているパンも魅力的。日本の食パンをイメージしたらしき「北海道パン」を購入し、先ほど朝食に食べた。これもまた、柔らかく、ほんのり甘く、おいしかった。

    このごろのバンガロールは、アルチザン・ブレッドを提供するベーカリーが続々と誕生して、おいしいパンに不自由しない。かつて自分でパンを焼いていたころが、前世の記憶のように遠い。

    その後、バンガロールでffolioというすてきなブティックを経営しているYashoと会うためにOBEROI へ。1991年に創業したffolioは、バンガロールのファッションを語る上では不可欠なセレクト・ショップ。インド各地のファッションブランドの服が、ヴァラエティ豊かに揃っている。わたしもインド移住当初からしばしば訪れてきた。

    OBEROIのフレンチレストラン。緑あふれるテラス席で、お互いのバックグラウンドを語り合いつつ、楽しいひととき。彼女から聞く、インドのファッションの変遷の話も極めて興味深く、次回は取材をさせていただきたいとも思った。

    わたしのソーシャルメディアをご覧になり、わたしのミューズ・クリエイションでの活動や、サリーを身に纏っている様子に関心を持ってくださった彼女。今後、日本とインドの高品質な手工芸品や嗜好品などのプロジェクトを協調しようとの話がまとまった。

    来年、新しいことを始めるための弾みがついた午後だった。その前に、日本へ一時帰国して、わたし自身が日本再発見の旅をせねば……との思いを強くしている。桜の季節にでも帰ろうかな🌸

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    🥪追記/かつて、インドのカフェレストランといえば、「クラブハウス・サンドイッチ」が定番だった。インドの人は「温かい料理」を好むので、サンドイッチもホットなクラブハウスが人気なのだ。久しぶりに注文したところ、ヴォリュームたっぷり、具がたっぷりの豪華な一皿が供された。おいしい。

    ◉Ambara
    The lifestyle & apparel Store is a space for Indian creativity in textiles, apparel, art & craft, housed in a vintage bungalow with a garden and cafe.
    https://www.instagram.com/ambara.bangalore/

    ◉ffolio
    South India’s first Design & Fashion space in the heart of Bangalore!
    Curating local craftsmanship & designers for 3 decades
    https://www.instagram.com/theffoliostore/

    ◉Breadtime Stories
    https://breadtimestories.in/

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    パンデミックの影響で、不自由だった過去2年。しかし今年はもう、インド世間は従来に増して、ホリデー気分が盛り上がっている気がする。実際のところ、先ほど確認するまで、本当のディワリーの日程を把握していなかった😅

    ヒンドゥー教における新年のお祝いであり、美や富、豊穣を司るラクシュミーという女神を崇める祝祭、ディワリー。5日間に亘るお祭りの詳細は割愛。

    女神を家に招き入れるため、部屋を掃除し、光を灯す。花火を打ち上げ、爆竹を鳴らしまくる最も賑々しい「ラクシュミー・プージャー」は、明日24日らしい。しかしすでに、世間はうるさい。

    昨夜は新居のご近所さん宅で開催されたパーティに招かれた。200余のヴィラが建築される予定のゲーテッド・コミュニティだが、現在、居住しているのは約20世帯。その大半が、フェーズ1というエリアに暮らしている。我が家のあるフェーズ2の周辺は、絶賛工事中。ゆえに当面は平日を旧居、週末を新居で過ごす体制をとっている。

    さて、昨夜もまたサリーに着替えて出陣。普段は閑静な住宅の一隅から、轟音が響き渡る。通りと駐車場スペースが見事なパーティ会場となっている。

    WhatsAppのグループでやりとりはしていたものの、実際にお会いする人が大半。グラス片手に、大音響の中、自己紹介をし合う。本当に、喉がやられる。

    類は友を呼ぶ……とは異なるが、我が周辺。毎度、日本と関わりのある人が多くて驚く。昨日もまた高確率だった。自社と日本企業が合併した人、日本にクライアントがいて年に数回訪れる人、家族揃って日本が大好きで何度も旅に出たことがある人、寿司が好きすぎる息子がいる人、日本のアニメが好きだったけど最近はK-POPが好きで、しかしわたしに会いたいという娘がいる人……。

    ムンバイでご近所に住んでいたらしき人もいれば、わたしたちの旧居と同じアパートメント・ビルディングに、かつて暮らしていて、拙宅で開催していた「ミューズ・チャリティバザール」に来たことがあると言う人もいる。びっくりだ。

    さらには、このコミュニティの開発会社Total EnvironmentのCEOであるKamal。数年前、彼と会った時に、建築様式やライフスタイルの嗜好に共通点を見出し、話が弾んだ。その彼が子ども時代に住んでいた、ムンバイのカフパレードのビルディングは、わたしたちが2008年から2年間住んでいたビルディングと同じだと、ムンバイでのご近所さんに聞かされた時には、驚いた。

    ご縁がある人とは、とことんご縁がある。会話をしなければ知ることのない、しかし互いを紐解けば、世界は、共通項にあふれている。それは多分、偶然ではない。定められたレールの上に広がる、あらかじめ決められた情景なのだということを、このごろは、切に思う。

    さて、昨日は「カンボジアの伝統技法によって織られたアンドラ・プラデーシュ産の絣(かすり)」のサリーを着用した。これは昨年、Mrinaliniの展示会で購入したもの。Mrinaliniのオーナーはご近所さんのYasho。ちなみに彼女の夫が、空港のHariだ。

    展示会では、Yashoが厳選した、職人の技が光るサリーが数多く展示されていた。欲しいものが多数あったが、その中の2枚を購入。1枚目は、新居のプージャーで着用し、2枚目は、今回初めて着た。思えば、新居のプージャーに立ち会ってくれたのは、YashoとHariだった。インドの伝統や文化に関しても、非常に博学なYasho。彼女から学ぶことは多く、ありがたいご縁だと、つくづく思う。

    動きやすいように、パルーの部分を折り曲げ、最近のトレンドである「ベルト」を使用。ブラウスは、ボートネックに仕立て、背中は隠している。それだけで、従来のサリーとは雰囲気がガラリと変わるから楽しい。

    語って、踊って、飲んで、食べて……。毎度体力勝負だが、無理は禁物。日付が変わってまもなく、妻は退散。徒歩で帰宅できる気軽さが心地よく、夜風もまた心地よく……いい夜だった。

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    🇮🇳インドはお祭りシーズン序章。またしてもサリーの海へ。(19/09/2021)
    Mrinalini. A platform to help handloom weavers across the country.
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/saree-1.html

    🏡結婚式を思い出す。炎に祈り、煙で清めるPooja(プージャー/儀礼)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/05/puja.html

    🥻1985年の夏。米国西海岸での1カ月のホームステイが変えた我が人生。ゆえに。
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/hs.html

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    (日本語は下に)
    Unexpectedly, my husband and I had an elegant dinner together.

    I am wearing a Banarasi saree which is made in Varanasi (complicated). I bought this hand-woven saree about 10 years ago at Kala Niketan in Mumbai. I love the floral pattern, reminiscent of Botticelli’s “Primavera”, spread over the soft yellow gold.

    (I nearly always write in Japanese, and the auto-translation is often incorrect and misleading.)

    インド生活における「個人的な負の側面」は、敢えて書かないようにしている。優先して書きたい「いい部分」がたくさんあるし、ぼやいている暇はない。トラブルその他の大半は、あとで「笑いのネタ」にもなる。

    さらには昨今、ソーシャルメディアにて勝手に提供されている「自動翻訳」の存在もある。わたしが毎回のように、「自動翻訳は誤訳が多い」ということを記しているのは、日本語が読めない友人知人に対しての警告だ。

    自動翻訳の「悪意」としか思えないミスが原因で、わたしたち夫婦はこれまで、どれほど喧嘩を重ねてきたか。わたしが「夫」と入力した時点で、自動翻訳機は夫婦の危機を誘発したいと考えているに違いない。とさえ、思えるほどなのだ。

    一例を挙げよう。わたしが福岡へ帰省したときに、ラーメンを啜る音をもじった、「ZURUZURU」というロゴ入りのTシャツを買った。そのことをして、

    「わたしは、ちょっと子供っぽい、ふざけたTシャツを、夫へのお土産に買った」

    という文脈で記録を書いた。それを自動翻訳機は、

    「わたしは、子供っぽくて愚かな夫に、Tシャツのお土産を買った」

    と、訳しやがっているのだ!!! もうね、ないやろ。まじで。

    ゆえに最近は、「夫」のことを、あまり書かないように心がけている。が、今日は書く。

    昨日19日。夫から、友人夫妻のパーティの招待を受けていると聞いていた。ディワリのシーズンゆえ、サリーを着ていくべしと、いそいそ準備をした。これは、10年ほど前に、ムンバイのKala Niketanで購入したバナラシ・シルクの手織りサリーだ。

    淡いゴールド・イエローの地に、花が織り込まれている。ボッティチェッリの『プリマヴェーラ』を思わせる柄が、とても気に入っている。

    雨の降る中、友人宅へ向かうも、Googleマップの示すポイントに辿り着けない。夫が友人に電話をして確認したところ……。

    「え? 来月?!!」

    パーティは、10月19日ではなく、11月19日だった模様。

    諸々立て込むこの季節。互いのスケジュールは常に擦り合わせを……と、今朝も二人での打ち合わせで、「日付の間違いをしないように」と言っていた矢先! 

    せっかくおめかししたのに、このまま家に帰って、出前を取るとか、いやすぎる。

    というわけで、帰路、OBEROI ホテルに立ち寄り、WABI SABIで晩餐。わたしは最初の数十分、不機嫌である。大人気ないのである。

    「思いがけず、二人のデートができて、よかったじゃない」と、夫は言うが、すぐに気持ちの入れ替えができない。

    窓辺の席で、雨音を聴きながら、黙ってドリンクメニューを見つめる。ENLAIというカクテルにしようと思う。柚子と花、ジン。

    ……と、夫は、わたしが注文するよりも先に、ウエイターに向かって「僕はこの、ENLAIにします」という。

    思わず笑ってしまった。

    数あるドリンクメニューの中で、同じものを選ぶ。これはニューヨークで出会ったときから、わたしたちに共通することだった。他に何の共通点もないが、好みの飲食物が似通っているのだ。

    ENLAIは、多分、遠雷のことだろう。Distant thunder.

    「遠雷とは、遠く彼方から聞こえる雷鳴のことだよ」と教えたら、きれいな言葉だねと気に入っていた。

    いい夜だった。ということにしよう。

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    住み慣れた大好きな街、ニューヨークを離れて、わたしは2002年、夫の暮らすワシントンD.C.に引っ越した。2001年7月に結婚した当初は「遠距離結婚」と決めていたが、9月11日に米国同時多発テロが発生したのを機に、人生の優先順位を見直した結果だった。

    3年余りのD.C.生活は、決していい思い出ばかりとはいえない。テロの余韻を引きずりながらの暮らし。恐怖心をかきたてられるスナイパー事件もあった。個人的には仕事の停滞、父や友の闘病と死、不妊の現実……と、タフな思い出が蘇る。

    その一方、日印夫婦、あるいは日米夫婦との出会いに恵まれていた。折に触れてはお互いの家を行き来して、飲んで食べて、語り合ったものである。

    当時の友人夫妻、Noriko & Avinashが遊びに来てくれた。Avinashの故郷がムンバイで、里帰りの最中。実は、わたしたちがムンバイに暮らしていた2008年にも遊びに来てくれた。

    あれから14年。その間、連絡を取り合っていたわけではないので、お互いの状況は全く知らない。

    知らないにも関わらず、再会した瞬間、感情は20年前に飛ぶ。当時、小さかったお夫妻の長女、Sayakaさんは大学生。確実に時間は流れているのに、たちまち当時の気分に戻れる不思議。

    年を重ねるほどに、時間とはなんだろう、歳月の流れとはなんだろうと、しみじみ考えさせれる出来事が増える。

    互いのこれまでを話そうにも、14年は長すぎる。プロセスはもう、いいね。ということになり、軽く近況を報告し合い、あとは、インド滞在中の二人のエピソードなどを聞きながら、大笑いをして過ごす時間。

    ひとりひとり、人それぞれ。人生いろいろあるけれど、「今」を「笑顔」で過ごせることが大切なのだと、切に痛感する。

    懐かしくなり、ネットに眠る過去の写真を発掘した。

    2003年、サンクスギヴィング・デー。初めてターキーを焼いたパーティの写真。

    2008年のムンバイでも写真……。

    時間は伸縮自在。鮮やかに愛しい記憶はまた、いつも、そばに戻ってきてくれる。そんな気持ちを改めて思い出させてくれたお二人。会いにきてくれて、ありがとう。

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    🎃2003年サンクスギヴィング・デー。初めてターキーを焼く
    http://www.museny.com/mihosakata/thanksgiving.htm

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    昨日もまた、ディワリ・パーティに招かれた。お預かりしている京友禅サリー2枚のうちの、もう一枚。白地に赤い牡丹。清楚とダイナミックが共存するサリーだ。このサリーについては、また後ほど詳しく紹介したい。

    さて、マリーゴールドをはじめとする花々で彩られた邸宅。お茶やお菓子をいただきながら、友人らと言葉をかわしたあと、Jal Tarangと呼ばれる打楽器の演奏を聴く。陶磁器のボウルに水を満たし、木製の棒で叩きながら音を奏でる。木琴や鉄琴のような塩梅だ。水の量を調節することで、好みの音階を実現できる。

    わたしが初めてJal Tarangを聴いたのは、2018年2月のラジャスターン州ジョードプル。聖なる音楽の祭典に訪れたときのことだ。毎年開催されているこの音楽祭。本当に、夢のようなすばらしさにつき、関心のある方はぜひ、訪問をお勧めする。

    そのあとは、ディワリのプージャー(儀礼)、そしてランチと続く。ポットラック(持ち寄り)の美味ランチ! 白いサリーにカレーをこぼしてはならぬと緊張しつつも料理を楽しむ。

    参加者の中には、テキスタイルやファッションに詳しい人たちも少なくなく、京友禅についても、強い関心を示された。

    友人知人らのファッションも、いつものことながら、本当に興味深い。ソーシャル・メディアへの掲載許可をもらった方(&Rocky兄さん😼)の写真だけを、ここでは紹介している。

    サリーの着用機会が多いこの時期に、この役割を得られたのは幸運だった。尤も、毎回、同じサリーを着ていくわけにはいかないが、その存在を伝えられるだけでも有意義だと感じる。

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    ♪聖なる音楽に浸り続けた。ラジャスターン州ジョードプル紀行
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/12/sufi.html

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    一昨日、月に一度のフォーラム・ミーティングのあと、UBシティでランチを楽しんだ。新しくできたトルコ料理店。ご飯もの、肉料理、野菜料理、いずれもおいしい!
    忘れぬうちに、写真だけでも残しておく。

    https://thekebapci.com/oz

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    降り注ぐ陽光。

    よく冷えたBangalore Bliss。

    配達中に偏ったピッツア。

    クルトン多過ぎシーザーサラダ。

    え? またピッツアが届いた?

    ん? 違う。友人一家からの贈り物。

    少し早めのHappy Diwali!

    開けば巨大なチョコチップクッキー🍪

    雲の動きが早い高原。

    気づけば雲が迫り来て狐の嫁入り。

    なんて平和な日曜の午後。

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    「インドの産業の父」と呼ばれるタタ・グループの創始者、ジャムシェトジー・タタ。グジャラート州で、パールシー(ゾロアスター教徒)一族の元に生まれた彼は、1868年、29歳のとき、タタ・グループの前身である綿貿易会社を創業。その後、綿紡績工場を操業し、インド有数の資本家に。以下、日本との関わりも深い同社の歴史について、わたしのセミナーの資料から、一部を抜粋する。

    ○タタは創業当初から、パールシーの宗教観に基づく企業倫理、理念が徹底していた。教育、医療、インフラその他、さまざまな分野における社会貢献事業を続けている。

    ○1893年、ジャムシェトジー・タタは54歳のときに来日。日印間での綿花の直接取引を実現。従来はインドの綿花を英国が買い取り、日本が購入していた。渋沢栄一と深い関わり。英国のP&O汽船に変わって「日本郵船」が綿花を運ぶ。アジア諸国が欧州列強に席巻されていた時代、タタは日本と協調して英国に対抗。

    ○1903年、ムンバイにタージマハル・パレスホテルを設立。彼は大きな製鉄所や世界的な教育機関、ホテル、水力発電所などをインドに建設することを夢見たが、生前に実現したのはこのタージマハル・パレスホテルのみ。彼の構想は、その後、タタ・スチールやインド理科大学院(IIS)、タージ・ホテルズ・リゾーツ&パレス、タタ・パワーとして結実した。

    ジャムシェトジー・タタが、このタージマハル・パレスホテルを設立した背景には、さまざまな物語がある。

    1896年7月7日、ショーを見るために立ち寄ったボンベイのワトソンホテルで、彼は入場を断られる。「犬とインド人はお断り」のサインに衝撃を受けた彼は、最高のホテルを建立することを決意。インドで初めて、全館電気が使用された超高級ホテルとして1903年に創業。ドイツ製のエレベータ、アメリカ製のファン、トルコバス、英国人執事などを備えた。

    ちなみに、この「1896年7月7日」のちょうど100年後に、わたしは夫とニューヨークで偶然に出会ったので、この日付は決して忘れられないのだ。

    このホテルのことを調べている時、実は設計図とは「反対向きに」建設されてしまったという、いろんな意味で壮絶な逸話も知った。あまりにも衝撃的な歴史の背景を、ぐいぐいと調べたものである。この件についても、確かセミナー動画内で言及しているので、ぜひご覧いただければと思う。

    そして、わたしたちがムンバイに住んでいたとき。2008年11月26日に、ムンバイ同時多発テロが勃発した。我々の生活圏内であるコラバ地区にあるこのホテルやカフェ、当時の夫のオフィスの向かいにあるオベロイ(トライデント)ホテルやユダヤ教会、駅などが標的となり、多くの人々が命を落とした。

    折しも我々夫婦は、京都を旅していた。朝、ホテルのテレビに映った黒煙と炎を上げるタージマハル・パレスホテルの姿に絶句した。

    このときの出来事も、過去の記録に連綿と残している。

    今回のムンバイ旅の終わりに、タージマハル・パレスホテルを訪れ、Sea Loungeで一人、ハイティーを楽しんだ。アラビア海に向かって聳え立つ、インド門を望むSea Lounge。ここは、わたしが2003年の終わりに、初めてムンバイを訪れ、このホテルに滞在した時から、わたしがムンバイで最も好きな場所でもある。
    あれから19年。このホテルも、インドも、ずいぶん変わった。

    わたしも、年を重ねた。

    それでも、この国を、この都市を、もっと知りたいと思う気持ちは、衰えることがない。特にムンバイを訪れて、その思いを新たにした。

    Sea Lounge。いつもならば、窓辺の席に座るのだが、ここ何年かは、かつてと異なり、たいてい込み合っていて、窓際の席が空いていることがない。少し離れたところから、窓の向こうを眺める。

    テロの後、営業を再開するも、ゲストが少なかったころ。ロビーにも、窓辺の一輪挿しにも、「白い花だけ」が飾られ続けている時期があった。そのころは、このラウンジのゲストもまた、わたしだけ……というときもあった。

    かつては、老齢の給仕たちが、丁寧に応対してくれたこのラウンジ。今は彩りに溢れ、人々の語り合う声に満ちている。

    平和であることの、証だ。

    ニューヨークと、ムンバイが、わたしの心に深く刻印された理由の一つは、多分、双方の都市で、身近にテロを経験したこともあるだろうと、今回、切に思った。衝撃、怒り、悲しみ、苦しみ、祈り、願い、再生……。大勢の人々とともに、「強い感情」を共有したことが、自分の記憶や感傷に、影響を与えている。

    もう、誰に向かって紀行を記しているのかよくわからないが、今回もまた、改めて記録を重ねた。このホテルを含め、個人的な体験を通しても数多あるムンバイの物語についても、近々『深海ライブラリ』ブログに、窓口を作ろうと思う。

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    ◉パラレルワールドが共在するインドを紐解く③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉
    人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺
    https://www.youtube.com/watch?v=dPTWq1K1-r0&t=2s

    ◉ムンバイ、心の拠り処。タージマハル・パレスホテル(2013年の記録/テロの記録のリンクなどもはっている)
    http://www.museindia.info/museindia/Blog/entori/2013/11/23_munbai%2C_xinno_juri_chu.tajimaharuparesuhoteru.html?fbclid=IwAR2yDhLnNba0Ijd-TAeJ3A9f9qAZe4SnPiSQ3eAUHxRPYaMpyHMWscOBy5g

    ◉[Mumbai Day 02-3] ゾロアスター教と、ボヘミアン・ラプソディと、タージマハル・ホテル。(2019/07/09)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/07/mumbai02-03.html