ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。

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    月曜日の朝、ミーティングのためインディラナガールへ。南北に伸びる目抜き通りの100フィートロード。かつてはこの通り沿いに、ポツポツと飲食店やブティックがあるばかりだったが、わたしが知る限りにおいても、20年前から恒常的に、いつもどこかで工事が行われている。

    今は亡き、義父ロメイシュがバンガロールに「単身赴任」していた1980年代。インディラナガールは、「森の中の住宅地」という風情だったという。当時デリーに暮らしていた夫は、学校が休みのときなどバンガロールを訪れていたというが、インディラナガールは夜になると闇に包まれ、怖いくらいに静かだったと言う。その面影、今は幻。

    この10年余りで変貌が著しいのは、100フィートロードに交差して東西に横たわる12th Main。かつてはしばしば、Kerala Ayurvedaの診療所に通っていたこともあり、馴染みの通りでもあった。当時、目ぼしい店といえば、ヴェトナム料理店のPhobidden Fruitと、アイスクリームのCorner House、今はなき、お気に入りだったパールシー料理店のDaddy’s Deliがあるくらいだった。しかし気づけば、通りの左右にレストランやカフェ、ブティックが林立している。

    まずはランチを……と、予約をいれていないにも関わらず、12th Mainの西端に位置する4P’Sへ。一人だからカウンターが空いていれば……と思ったが、予想通り満席とのこと。仕方ない……と、目星をつけていた近くの新しい店Conçuでランチを取ることにした。ハイデラバード拠点のこの店。オーダーメイドのケーキを作る「ケーキブティック」として誕生した模様。ショーケースにはおいしそうなスイーツが並んでいるが……この日はマッシュルームとチーズのサンドイッチを注文。揚げたてのフライもおいしく、ハイデラバードにてオリジナルで作っているというKOMBU-CHAも、甘味控えめでさっぱりした味わいだ。

    食後は、12th Mainを東へ歩く。FabIndia、Nicobar、Jayporeなど、なじみの店舗に立ち寄りつつ、最後にThe Shop(https://www.theshopindia.com/)でショッピング。1969年デリー創業のこのブランド。コンノート・プレイスの店舗に初めて足を運んで以来、お気に入りのテキスタイル店のひとつだ。バンガロールには、中心部に一度、開店したことがあったが、数年後に閉店。このインディラナガール店はパンデミックのあとにオープンした。衣類はじめ、テーブルやベッドリネン、インドと欧州のセンスが融合した華やかで楽しいテキスタイルが魅力だ。

    このエリアのガイドマップを作るとしたら、常時改訂をせねばならないな……と思いつつ。そういえば、5年前にミューズ・クリエイションで作ったGoogleオリジナルマップも放置したまま。誰か、改訂作業に協力して欲しいものだ。『バンガロール・ガイドブック』からアクセスできます。https://lit.link/en/bangalore

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    🇮🇳楽しみながら濃密インプット。「百聞は一見に如かず」の視察旅行、実践編。2022/09/22
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/info.html

    🇮🇳インディラナガール。12th Mainが熱いのだ。2018/04/25
    https://museindia-fuoes.wordpress.com/2018/04/25/12th/

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    昨日は夫と共に、NURAでの健康診断の結果を携えて、アーユルヴェーダ診療所へ赴いた。アーユルヴェーダとは、5,000年以上の歴史を持つインドの伝統医学。サンスクリット語のアーユス(生命、長寿)とヴェーダ(科学、知恵)がその語源だ。人間を精神面、肉体面からホリスティック(総合的)に捉えつつ、健康的な状態に導く。ここカルナータカ州のお隣、ケララ州がアーユルヴェーダ発祥地で、無数の診療所や関連施設がある。バンガロールにも、大規模な病院や滞在型の施設、診療所などが多々ある。

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    わたしは約15年前に、視察旅行でケララにある診療施設を数カ所訪れた。当時は、欧米、特にドイツ語圏からの患者を受け入れているところが多く、アーユルヴェーダと歯科治療がパッケージになったメディカルツーリズムのシステムも構築されていた。数カ月から半年と、長期に亘って滞在する患者も多い。西洋医学では完治できない疾患や後遺症(精神疾患含む)に苦しむ患者を受け入れ、母国の主治医とオンラインでカルテを共有しつつ、治療を施す様子に感嘆したものだ。

    我々夫婦は、2009年の終わりから10年以上に亘り、毎年年末年始に、バンガロール郊外のホワイトフィールドにあるAyurvedagramという療養リゾートに約1週間滞在、心身のデトックスをして新年を迎えてきた。アーユルヴェーダは、専門医による問診、脈診、触診により、個々人の体質を見極めてもらう。オイルマッサージや生活習慣、食習慣の改善、生薬の処方などにより、健全な心身状態へと導かれる。わたしの『インドでの食生活と健康管理』のセミナーでも、冒頭で詳しく言及している。

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    わたしは中学時代にバスケットボールで腰痛を発症して以来、久しく悩まされてきた。20代、30代と悪化の一途をたどり、米国在住時は整体、カイロプラクティック、鍼灸などさまざま試した。しかし決め手となる治療法には辿り着けず、年に数回、ぎっくり腰のような状態になった。40代に突入後、将来を懸念しつつのインドに移住。しかし、バンガロールに暮らし始めた直後にアーユルヴェーダのオイルマッサージを受け始めてから、わずか半年程度で、痛みに苛まれることがなくなった。

    しかし去年の後半から、更年期や老化に伴う、異なる原因による腰痛が再発している。デスクワークも不調の一因だ。現在は、カルシウムやヴィタミンDを意識的に摂取し、軽い筋トレも始めるなどして改善を試みている。

    わたしの母もまた、アーユルヴェーダの恩恵を受けたひとり。2010年夏、膝を痛め、日本のドクターからは、手術以外の治療法はないと言われ、ヒアルロン酸による応急処置を受けていた。母から手術をするとの旨、電話で聞いたとき、まずはアーユルヴェーダの治療を受けてから考えて欲しいと伝えた。バンガロール空港に降り立ったときの母は、杖をつき、歩き方も覚束なかった。しかし、約1カ月足らずの生薬による治療で完治。杖なしで歩けるようになった。その後、2014年に来訪した際に数週間のトリートメントを受けたきり。10年が経過し、85歳になる現在も自力で歩けている。

    食生活にしても然り。わたしはインドに移住して以来、極力、素材を丸ごと食する、すなわち「ホールフード(whole food)」を調理して食べてきた。野菜はなるたけオーガニックのものを。調味料はシンプルに、素材の味を生かす。

    母の滞在中には、母にもそのような食生活を勧めてきた。幕内秀夫著の『粗食のすすめ』も読んでもらった。コスメティクスなども、インドの自然派プロダクツを送るなどして、かなりインド化している。また食材は、過去20年近く、福岡の産地直送の有機野菜を扱う宅配サーヴィスを利用している。そのおかげか、85歳になる今も、「薬を1錠も飲むことなく」一人で生活している。もちろん、視覚や聴覚に衰え、物忘れはあれど、それは誰もが直面する老化であり、特筆すべき問題ではない。

    家族以外の友人知人たちも、アーユルヴェーダに救われた人たちは数多くいる。ありがたいことだ。

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    この写真は、診療所の一隅に祀られていたアーユルヴェーダ(ヒンドゥー医学の神様)であるダンヴァンタリ (Dhanvantari)。ヴィシュヌ神の化身でもある。

    過去15年に亘ってわたしたちの心身を診てくれているドクターが、アーユルヴェーダグラムを辞めて、故郷のケララに拠点を移されたことで、わたしたちの年中行事も途絶してしまった。ドクターは1カ月に1、2回、この診療所にいらっしゃることから、約2年ぶりにドクターからの診察を受けることにしたのだった。

    NURAの検査結果を見てもらいながら、さまざまな提言を受ける。ドクターは決してアロパシー(西洋医学/対症医学)を否定するわけではなく、症状に応じて両方の選択肢を提言してくれるところが、個人的に気に入っている点でもある。パンデミック以降、ここ数年はデトックスをする機会がなかった。今年の後半は時間を作って、ケララ州の療養所へ赴き、久しぶりに全身をリフレッシュしようと決めた。

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    診察を終えたあと、お気に入りのCINNAMONを訪れ、中庭のカフェでランチ。わたしが先日のモールで食したパスタとほぼ同じものを、夫が注文。昔から、食の嗜好が似通っているのだ。食事のあと、ブティックですてきなシャツを見つけた夫はショッピング。さて、来週は海を越えて、未踏の国へ旅に出る。そろそろ準備を始めなければ。

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    昨日は、ミューズ・クリエイションのメンバーと共に、またしてもショッピング・モールへ。わたしのコーディネーションでモールを探検することになっていたのだ。参加者は、学生3名、駐在員夫人5名、女子(10歳&5歳)、わたしの計11名。ちょうどいい人数だ。
    目的地は、昨年終盤に開業したバンガロール最大のショッピング・モール「Phoenix Mall of Asia」。わたしは、開業の直後に一度訪れたきり。当初は半分程度の店舗しかオープンしていなかったが、現在は高級ブランドのフロアを除き、大半が稼働している。ショッピング・モールにありがちなフードコートだけでなく、独立店舗の飲食店が充実していることでも評判だ。

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    異国で買い物をするに際しては、ブランドや商品の知識がないと、何を選んでよいかわからないケースが多々ある。生鮮食品の品目にさえも、予備知識の有無によって食卓の豊かさが変化する。まずはスーパーマーケットを巡った後にランチ休憩、その後、モール内の店舗を巡ることにした。

    ツアーを開始する前に、約10分ほどインドの消費市場の変遷を説明。買い物に関心があるという10歳の女子にもなるたけわかるように、歴史を含め、概略を説明する。

    ①1947年のインド・パキスタン分離独立以来の社会主義的政策と商品の傾向
    ②1991年の市場開放、自由経済による外資の流入(ソビエト連邦の崩壊と資本主義世界への移行)
    ③IT都市としての、2000年ごろからの急速なバンガロールの都市化
    ④2005年ごろから増え始めたショッピングモールとその構成の変遷
    ⑤「インドならでは」の価値観が反映されたブランド、人気商品の傾向

    ……と、要約すると堅苦しい印象だが😅 このあたりをわかりやすく説明した後、スーパーマーケットの探検開始。午前中とあって、祝日ながらも人は少なく、広々とした店内をゆっくりと巡る。みなさんからの質問に答えつつ、わたしのお勧めの商品などもあれこれと紹介。気づけばあっというまに2時間が経過。そこからイタリアン・レストランでランチ。わたしはマッシュルームとクリームのフェットチーネを(クリーム&塩分控えめで)注文したのだが、パスタも味付けも、想像以上においしかった。

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    店舗巡りは、フロアごとに攻めていく流れに。ファッション、コスメティクス、ジュエリー……と、あらゆるジャンルの店が並ぶ中、特筆すべき店のバックグラウンドや特徴を次々に紹介、お勧めのブランドは店内に入り、商品など具体的に説明する。今回は、途中で自由解散としていたので、子どもたちは早い段階で離脱かな……と思いきや、10歳のお嬢さんが好奇心旺盛で、スーパーマーケットでもコスメティクスのショップでも、なかなかに的確なコメントを発していた。大人もさることながら、子どもたちが偏見なく審美眼を養っている様子を見るのは、非常にうれしいものだ。

    ちなみに5歳のお嬢さんは、男子学生の一人をロックオン💘。ほぼ「初デート」状態で、楽しそうだった。11時集合で、気づけば5時近く。解散後も、自分の買い物などをして、すっかり長居をしてしまった。もう一人のインターン大学生も、購買意欲に火がついたとのことで、8時ごろまでモールで過ごしたという。みな、とても有意義な時間を過ごせたと思う。

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    我々夫婦がバンガロールに移住直後の2005年11月時点。大型ショッピングモールといえば、2004年創業のForum Mall (現Nexus Mall)とBangalore Central、2005年創業のGaruda Mallの3箇所だけだった。消費市場が大きく変化を遂げ始めた当時から10年ほどは、日本の広告代理店やメーカー、リサーチ会社などからの依頼による、バンガロールはじめ、各都市の視察コーディネーションや市場調査の仕事が多かった。

    また、1991年の市場開放以降のインドのトレンド年表を作成するという一大プロジェクトに関わり、相当な時間とエネルギーを投じて情報収集をし、膨大な資料を作成した。ゆえに、移住後の20年間はもちろんのこと、それ以前の情報を把握していることから、いつでも過去の事例を引き出すことができる。今となってはそれら過去の仕事の経験が、すべて宝となっている。

    しかしながら……。残念なことに、日本企業の多くは、視察やリサーチに時間や予算を投入しないのが一般的。さらには止むを得ないことかもしれぬが、「現在のトレンド」だけを追いがちだ。そこには大きな落とし穴がある。

    インドに限ったことではないが、「点(現在)」ではなく「線(歴史/過程)」を見なければ、多くを見誤る。社会的な背景や、文化、習慣を知ろうとしなければ、同じ場所にたとえ100回足を運んでも、インドに何年住んでも、本質を見抜けない。わたしとて、約20年住んでなお、情報の更新や軌道修正はフレキシブルに行っている。昨今ではもう、トレンドを追うことすら不可能なほどに「新しさ」が怒涛のように押し寄せる日々だ。ともあれ、持ち得る自分の知識や経験値を今後ももっと活かしたい、足腰が元気なうちは、視察コーディネーションの仕事も積極的に継続しようとの思いを新たにした一日でもあった。

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    ところで、店舗の看板に併記されているカンナダ語についても、背景となる物語がある。かつてYoutuber眞代さんとのコラボレーション動画で語ったので、シェアしたい。

    ◉インドが世界一の英語大国へ?インドの驚きの言語事情!「教えて!みほ先輩!」

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    昨日は、夫の買い物に付き合って、ホワイトフィールド近くにあるショッピング・モール「Phoenix Marketcity」を訪れた。パンデミック以前は、年に一度のニューヨークで夫の衣類を買うのが定番だった。しかし、2019年を最後に、米国を訪れていない。もちろん、折に触れて何かしらは買っていたが最低限。ちょうどいいサイズのズボンを購入するのが一番のミッションである。ズボンの類は試着して、丈を切るなど手間がかかるゆえ、時間に余裕があるときに……ということで、昨日、二人して出かけたのだった。

    モールに2時ごろ到着し、ランチを食べた後、あれこれと店舗を巡り、途中コーヒー休憩を挟んで、さらにあちこちを巡り、帰るころには日が暮れて8時! 都合6時間もモールにいたことになる。愕然とする。夫との買い物。それは忍耐力と根気強さを試される時間。いろいろと書きたいエピソードが山ほどあるのだが、自動翻訳機能に勝手に「誤訳」されると不都合なので、大幅に割愛。

    過去20年に亘っての、インドにおける消費傾向の変遷に思いを巡らせ、その劇的な変化に感じ入る。滅多に買い物に出かけない夫の、20年前から止まったままの「消費者物価指数」を強制的にアップデートしつつ。テキスタイルの品質も変化し、かつてなかった新素材もあれこれと誕生している。とめどない。

    ともあれ、この日のミッションはとりあえず完了。疲労困憊。ほんと、お疲れ様でした。自分。

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    金曜日のACT MUZは、バンガロール北部、我々の新居界隈を巡った。まずは、我が家から車で5分ほどの場所にある一大スポーツセンターPadukone – Dravid Centre for Sports Excellence (CSE)にて集合。ここにあるフレンチ風コンチネンタル料理のカフェレストラン「AMIEL GOURMET」でランチを楽しむ。現在、盛夏のバンガロール。太陽光は鋭く、空気は乾き、水不足……と、なかなかにタフな環境ではあるが、日陰であればテラス席でもノープロブレムだ。

    家屋の構造や場所、階数にもよるが、我が家は新居、旧居ともに、冷房を入れずとも天井のファンだけで凌げている。そもそも旧居にはエアコンはない。しかし、同じ場所でも上階は暑いようで、特に最上階はエアコンなしでは耐え難い暑さだとのこと。バンガロールでの家選び、諸々コツがあるので、引っ越しを考えている人は、ぜひともミューズ・クリエイションの『バンガロール・ガイドブック』を読んでいただきたいものである。

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    さて、ランチのあとは、空港よりも更に北に位置するナンディヒルにほど近いGrover Zampa Vineyardsへ。インド産ワインのパイオニアとして有名なのは、1999年創業のマハラーシュトラ州ナシックのSULAが挙げられる。インドのアルコール市場において、ワインの地位を高め、グローバルにも知られることとなったのは、SULAの貢献だが、ワイナリーそのものの歴史をたどれば、このGrover Zampa Vineyardsのほうが古く、1970 年代に遡る。……と、インドのワイン事情について語り始めるとまた長くなるので、ばっさり割愛。

    ここには、2010年に訪れて以来、14年ぶりだ。結構な歳月が流れただけあり、テイスティング・ルームが整い、ランチを出すレストランも開業するなど、雰囲気はよくなっていた。1日3回(90分)実施されているガイドツアー(約750ルピー)。わたしたちは、午後2時開始の部に参加した。ワイナリーの歴史にはじまり、スパークリング、白、ロゼ、赤……と各ワインの製法、ワイン樽の役割(発酵や熟成)などについて学ぶ。

    見学後は、スパークリング、白2種、ロゼ、赤2種の計6種類のワインをテイスティング。これらは廉価〜中級クラスのもので、上質のものを試せなかったのは残念だった。2022年に販売開始されたというシグネチャーシリーズ「Signet」のワイン5種(1本約4000ルピー)は、試してみたいところだ。

    最近、我がアルコールの摂取量が激減したこともあり、新たなインド産ワインを試す機会がほとんどない。個人的にはカルナータカ州北部のHampi近郊にある KRSMAのワインが好みだが、ここ数年のうちにも、新たに良質なワインが誕生しているに違いない。

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    これまでの人生、世界各地を旅するなかで、数々のワイナリーをも訪問してきた。記憶に鮮明な場所だけでも、イタリアのトスカーナ地方(キャンティ・クラシコ)、フランスのシャンパーニュ地方ランス(ポメリー)、米国カリフォルニアのナパ&ソノマ、米国のヴァージニア州、ポルトガルのポルト、スイスのモントルー、スペインのヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(シェリー酒)……と、その土地その土地の情景が脳裏に浮かぶ。

    それらの経験を踏まえてしまうと、Grover Zampa Vineyardsは、決してすばらしいとは言い難い。……が、気軽に非日常を経験できるという意味において、それなりに楽しめると思う。ナンディ・ヒルへのドライヴや、付近に誕生したリゾートホテルMULBERRY SHADES BENGALURUでのランチなどとセットで訪問するのもいいだろう。

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    ところでわたしが着用しているギンガムチェックの服もまた、先日NICOBARで買ったもの。ポルカドットやギンガムチェックが、とても好きなのだ。夫から「テーブルクロスみたい」と言われたがノープロブレム。テーブルクロス、上等! これもまた、ゆったりしたデザインなので、涼しくて着心地がよい。

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    📕インド生活に役立つオンライン情報誌『バンガロール・ガイドブック』 ※ずっと改訂が保留中
    https://lit.link/en/bangalore

    🍷[Bangalore] 慈善やワインや社交、ネットワーク、など。2010/12/13
    https://museindia.typepad.jp/2010/2010/12/my-entry.html

    🍷[Hampi 02] KRSMAのワイナリーへ。夕景はハヌマーンが生まれた丘から。2018/03/21
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/03/hampi02.html

    🎾Padukone – Dravid Centre for Sports Excellence (CSE)
    https://centreforsports.in/

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    🌸季節のメリハリに浅いバンガロール。しかし、樹の花が街路を彩るこの3月、4月、5月にかけての盛夏は、ぐっと気温があがり、空気が乾き、季節の節目を感じさせる。そのせいなのか、この時期になると、見慣れた街の情景にさえも、ふとした拍子に一抹の「懐かしさ」が込み上げる。

    2006年に初めて迎えた盛夏のことを、毎年、鮮やかに思い出すのだ。あのころに比べると、街路を彩る日本風の「ピンク・テコマ(ピンク・トランペット)」が増えた気がする。当時は薄紫のジャカランダ、イエロー・トランペットの方が多かったはずだ。この街を彩る緑も変化を続けている。2年前、バンガロールの「樹の花」を巡る動画を作っているので、詳しくはそちらをご覧いただければと思う。

    🌸昨日の午前中は、ほぼ毎週火曜日に開催される「女性の勉強会」へ赴いた。バンガロールは季節が緩やかだが、インド全土を見ればそうではない。昨日の勉強会では、インドには「6つの季節がある」ということを学んだ。季節ごとの伝統行事、風物詩……。尽きないインド世界。

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    🧱勉強会のあとは、夫とともにホワイトフィールドへ。新居のデヴェロッパーであるTotal Environmentのオフィスへミーティングに赴いた。しかしその前にランチをと、オフィス至近の同社プロパティのレストラン、WINDMILLS CRAFTWORKSへ立ち寄る。バンガロール国際空港ターミナル1の前に広がるオープンエアの飲食エリアにも、このブリュワリー&レストランがある。さすがにビールは飲まなかったが、サラダやパスタ、鶏のKARAAGE、そしてモクテルなどを楽しんだ。

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    🍺ところでバンガロールは英国統治時代からアルコールに親しんできた土地だ。インド産ビールの代名詞であるキングフィッシャービールを製造するUnited Breweries(1857年創業)の拠点はバンガロール。現在、UBシティ(複合商業施設)のある場所は、かつてビール工場があった。ちなみに現CEOのRishiは、家族揃って日本料理が大好きで、それはもう度を超えている領域。以前も記したが、わたしのインド友人らの中には、自宅に日本料理のシェフを雇い、昼夜、寿司だの刺身だのを食べている人もいる。Rishiの家族はとんこつラーメンが大好きで、特に「一蘭」の大ファンで、香港へ行くたびに大量買いするらしい。……話が逸れた。

    🍻今やバンガロールには、70を超えるクラフトビールのブリュワリーが林立しているが、黎明期は2011年。UBシティの向かいにあるBIER CLUB、インディラナガールのTOIT、ホワイトフィールドのWINDMILLS CRAFTWORKS、そして市街中心部のガルーダモール向かいにあるARBOR BREWING COMPANYの4店が先駆けであった。日本航空機内誌『SKYWARD』のバンガロール特集(2020年2月号)に紹介すべく、ARBOR BREWING COMPANYを取材した際に創業時の苦労話などを聞いた。ついこの間のことのように思えるあの取材から、早4年半。

    【関連情報】

    🖋知れば楽しい バンガロールは、こんな都市(バンガロール・ガイドブック)
    http://www.museindia.info/museindia/bangalore-background.html

    🌸Garden City Bangalore/ 新年のバンガロールを彩る鮮やかなピンクの花。カボン・パークへお花見に

    🏡HOME 家を創る@深海ライブラリ(保存版ブログ)
    https://museindia.typepad.jp/library/home%E5%AE%B6%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8B/

    ✈︎JAL機内誌『SKYWARD』バンガロール(ベンガルール)特集
    https://museindia.typepad.jp/library/2020/02/sky.html

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    このところ、食の記録がおざなりになりがちだ。一日三食しっかりと食べてはいるが、若いころに比べれば、食に対する情熱や欲求が落ち着き、アルコール摂取量も激減した。かつては毎晩のように飲んでいたワインも、ここ1、2年はパーティなどのときを除いて、飲まなくなった。一方で、日本酒がおいしく感じ、数日に一度、口にする。今のところ一番気に入っているアルコール飲料だ。🍶 日本からのお土産歓迎だ😸

    年齢を重ねるとともに、わたしの体調も嗜好も、少しずつ変化してきた。

    ◉20代/東京での過酷な生活環境、荒れた食生活&喫煙
    ◉30代前半/NYでの外食中心、食べ過ぎな日々と増量
    ◉30代後半/結婚後のワシントンDC。健康的な家庭料理を作り始めるも体重は減らず、インド移住直前に減量
    ◉40代〜/アーユルヴェーダなどの影響を受けて健康志向に。食品添加物、加工食品の摂取が激減
    ◉50代〜/年々、シンプルに健康的な食生活に移行するも増量傾向。2年前に一念発起して数kg落とす

    20代のころの食生活を、今のわたしが2、3日でも再現したら、体調不良でダウンするだろう。「24時間働けますかっ?! (by 時任三郎)」な「リゲイン」飲みつつタバコ吸いつつコンビニ弁当を食べて超睡眠不足。激務の日々を過ごしていたあのころ。若いから誤魔化せていたが、すさまじかった。

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    さて、普段は、食べたい食材を買い、適当に料理をするのが常だが、たまに「月光ライブラリ」に並ぶ料理の本を引っ張り出して、パラパラとめくってアイデアを得る。このところ、料理に関して新たな知識を加えていなかったと思い出し、土井善晴氏の『名もないおかずの手帖』をパラパラとめくる。

    2017年5月、ミューズ・クリエイションのメンバーに「ごはんと味噌汁とおかず。一汁一菜でいいのよ……」と、語っていたとき、ひとりのメンバーから『一汁一菜でよいという提案』という土井善晴氏の書籍があると教わり、早速、レシピ本も含めて3冊、購入したのだった。

    『一汁一菜でよいという提案』は、「料理のレシピの本」ではない。日本に生まれ、日本の気候風土に育まれた人間にとって、どのような食生活がふさわしいのか……ということを、丁寧に教えてくれる。購入当時も記したが、この本は老若男女問わず、ぜひ読んでほしいと強く思う。読めば、多分、食生活に対する考え方が変わる。いや、目覚めるだろう。

    さて話を『名もないおかずの手帖』にもどす。

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    一昨日のこと。この本をパラパラとめくっていたとき、「高野豆腐のオランダ煮」が目に飛び込んできた。以前は目に止まらなかったのだが、今回は妙にそそられる。ちなみに我が夫は昔から高野豆腐が好きで「Hairy Tohu (毛深い/ふさふさした豆腐)」などと食欲をそそらない呼称をつけ、喜んで食べている。ちなみに昨今のインドでは、日本米や味噌なども十分に満足できるものが身近に入手できるようになったので、一時帰国時に購入する日本食材は激減した。

    ちなみに、過去にも幾度となく記してきたが、わたしはグルタミン酸ナトリウム (MSG)、すなわち「アミノ酸等」と表記されている調味料(味の素)が苦手なので、極力避けている。苦手というより、摂取しすぎるとアレルギー反応が出る。しかし、日本滞在中に、味の素を避けるのは極めて困難なので、免疫をつける意味でも100%排除しているわけではない。が、インドへ持ち帰るものには、敢えて選ばない。ゆえに、加工食品は自ずと消去される。

    となると、乾物などがメインとなる。日本では、良質の昆布や海苔、湯葉、高野豆腐、鰹節、天然出汁の素などをまとめ買いしている。高野豆腐は常にある。というわけで、この「オランダ煮」を作ってみたところ……おいしい! 水に戻した高野豆腐を軽く押さえて水気を切り、小麦粉をまぶしたものを揚げて、だし汁で煮つけるだけ。これがもう、本当においしすぎた。高野豆腐とは思えないクリーミーな歯応えで、揚げ出し豆腐よりもむしろ、味わい深い。

    せっかく油を使うのだからと、ナスやオクラも揚げた。普段、オクラが好きではない夫も、これはおいしいとモリモリ食べる。ご飯が進みすぎて困る。たくさん作ったが、2日間で食べ尽くした。ところで、その数日前のACT MUZの際、学生たちとランチを食べたのだが、そのときに「トマトの卵炒め」を作った。シンプルながらも好評だったそのレシピもまた、『名もないおかずの手帖』にあったもの。極めて簡単ながら、そこには確かな「コツ」が記されている。ここにレシピをシェアするのは憚られるので、この本、購入されたし。

    食に関してもまた、書きたいことは尽きぬ。このところ、「取りこぼされた記録」の中に、多くの食生活にまつわる写真や記録が多々ある。そろそろ『インドでの食生活と健康管理』のセミナーも実施したいところだ。以下の食専用ブログに、インド(バンガロール)での食生活に役立つ記録を残しているので、参考までに。

    🍠最後の写真は先ほどふかしたサツマイモ。若者らが、バンガロールではおいしいサツマイモが入手できないと言っていたが、「そこそこに、おいしい」ものなら手に入る。旨味や甘みが足りない時は、軽く潰してバターと塩を加えたり、あるいはジャガリ(天然の糖)を軽くふりかけて食べるのもおいしい。軽く潰したものをバターで焼くのも香ばしくておいしい。

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    ◉ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~ 
    アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。
    https://museindia.typepad.jp/eat/

    🇯🇵真に健康的な日本料理を、日常の食卓に。Truly healthy Japanese cuisine for daily meal, again.
    https://museindia-fuoes.wordpress.com/2017/04/29/health/

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    【わたしが心身の健康維持のために心がけていること】

    ①1日の7時間以上の睡眠。睡眠不足の翌日は昼寝
    ②少なくとも1日1食は手作りの食事。果物や野菜たっぷり素朴な料理
    ③適当なエクササイズ(このごろは「なかやまきんに君の世界一楽な筋トレ10分間」にはまっている😂)。
    ④起床後、就寝前の、数分間ずつの瞑想
    ⑤手書きの日記と、スケジュール管理
    ⑥猫と遊ぶ

    無理を重ねれば、物事は非効率になる。後回しにすれば、大切なことを忘れる。欲張って詰め込むと、許容量を超える。ライフ遍く取捨選択。我ら「身一つ」ゆえ、「遊び」が肝要。バンガロールは特に、一年中「稼働できる」気候ゆえ、年中、催しが尽きない。うっかり欲張ってしまいがち。

    ゆえに今日は強制ミュート。一人新居で、無言の1日。

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    ◎朝8時半。URBAN COMPANYのサーヴィスを利用して、エステティシャンに来てもらう。簡易ベッドはじめ、マッサージに必要なすべてを持参してくれる。URBAN COMPANYは、マッサージやサロン・サーヴィス(マニキュア、ペディキュアなど)だけでなく、家電の修理や水回りのトラブル、害虫駆除など、インドに起こりがちな家周りの問題に対応してくれるサーヴィスを提供している。

    ◎インドライフの変貌は著しく、日本のクライアントからの問い合わせに対しての回答が、年々、困難になる。知っておいてほしい予備知識が雪だるま式に増えている昨今。一度先入観をリセットしてもらうところから、始めねばならず。こうして日々綴る蓄積は誰がために……。昨日もゲストと話をしつつ、言葉が止まらず。

    ◎歳を重ねて身体は衰えるかもしれないが、脳みそは衰える気がしない。と思う一方で、このごろはスマートフォンを見つめる時間が長くなりがち。集中力が短くなっている。「月光ライブラリ」で過ごす時間を意識的に増やそう。

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    ◎WhatsAppのコミュニティ機能を用いてミューズ・クリエイションを再稼働して約半年。試行錯誤しつつも、有意義な時間を重ねてきた。4月からは改めて活動内容を仕切り直し。またも、ミューズ・クリエイションの学生メンバーが帰国。駐在員の父君とともに、お別れの挨拶に来てくれた。また、いつでもおいでね。能動的に活動を希望するメンバー歓迎。……このあたり、近々きちんと告知しよう。

    ◎今年のバンガロールは水不足につき、各方面で節水が呼びかけられている。春の訪れを祝い、色水を掛け合うホーリーも節水志向。女性の勉強会では、花びらを掛け合った。これはむしろ、美しい。

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    ◎新居が完成して2年。このコミュニティ、200以上のヴィラが完成する予定だが、予定は遅れに遅れに遅れていて、まだ半分も仕上がっていない。クラブハウスもジムも未完成。ゆえに我々夫婦も、未だにここはウィークエンドハウスとし、街中の旧居と行き来する暮らし。4猫らもまだ旧居。「バンガロールのサグラダ・ファミリア」と冗談で言っていたのだが……。先日ニュースで「サグラダ・ファミリア聖堂、2026年ついに完成 スペイン」の見出し。追い抜かれるかも😅

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    ◎我が人生、初の欧州はスペインだった。1990年。バルセロナ・オリンピックを控えたバルセロナとマドリード、アンダルシア地方の取材。近畿日本ツーリストのガイドブックの新人編集者として、台湾、シンガポール、マレーシア、スペイン……と、旅を重ねた。あの過酷な駆け出しの日々があったからこその、今。34年前、バルセロナの夜。夕闇にぼんやりと浮かぶサグラダ・ファミリアの外観を目にした時の衝撃。美しいというよりは、むしろおどろおどろしく、バットマンが出てきそうだと思った。以来、3度、訪れた。5度目は、完成後に訪れたい。

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    昨日は、久しぶりにRitz Carltonへ。昨年オープンした高級日本料理店IZUにて、先日拙宅でお茶会を催したRisaさんが、2日間に亘ってお点前を披露されるということで赴いた次第。こぢんまりとした店内は、しかしコージーな雰囲気で落ち着く。この2日間は、茶道の催しに合わせての特別コース料理が準備されていた。出される料理は、プレゼンテーションも濃(こま)やかに美しく、味付けも工夫されている。

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    テーブルでサーモンを炙ってくれるのだが、「火炎放射器か!」と突っ込みたくなる豪快な火力。炙っているというよりは、燃やしている。なかなかにスリリングである。ともあれ、デザートまでしっかりと堪能した。その後、Risaさんによる優雅で凛としたお点前を拝見。ゲストも自分でお薄を点てていただいた。香り豊かに、爽やかに、おいしい。

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    食後、シェフのNoelと少し話をした。4人の写真の右端、黒いユニフォームを着た男性だ。フィリピン出身だというNoelは、シェフ歴20余年。UAE(アラブ首長国連邦)で久しく日本料理のシェフをつとめていたという。ここで出される料理は、日本料理と日系ペルー料理のフュージョンを意識したもの。2018年ごろから、インドのオリエンタル料理店でも見られはじめたNIKKEI(日系)ペルー料理。その言葉通り、ペルーの日系移民が生み出した料理が源泉だ。そういえば、COVID-19前には、ハワイのポキ丼 (POKE) などを出す店もあった。

    インドには、もちろん「日本的な日本料理店」もあるが、欧米はじめ世界各地でアレンジが加えられた「グローバル・ジャパニーズフード」(今、適当に命名した)を出す店の方が多い。それらは、オリエンタル料理店の1カテゴリーとして包摂され、中国料理や韓国料理など、他のアジア諸国の料理と共に楽しまれる。

    また、高級ホテルの日本料理店も、欧米の日本料理店のトレンドを取り入れるケースが多い。ターゲットは「グローバル・ジャパニーズフード」に親しんだインド人はじめ、海外からの旅行者だ。

    その潮流の端緒は、今からちょうど20年前、ムンバイのタージマハル・パレス・ホテルにオープンしたWASABIだろう。わたしたちは、インド移住の直前、2005年8月にムンバイを訪れたのだが、そのときにこのホテルに滞在し、わたしの誕生日ディナーをWASABIで楽しんだ。この店は、当時、米国で人気のあった「料理の鉄人」の森本正治シェフがプロデュースしていたこともあり、インド富裕層やビジネス層、海外からの宿泊客からの関心を集めていた。

    我々夫婦は、フィラデルフィアにある森本氏の店と、このWASABIとで、2度、森本シェフご自身にお会いした。たまたまWASABIのオープンがわたしの誕生日と重なっていたこともあり、森本氏が渡印されていたのだ。

    ちなみに米国における「創作和食」の先駆者といえば、1993年創業のNOBUを経営する松久信幸シェフ。松久氏がロバート・デ・ニーロらと共同経営で始めたこの店は一斉を風靡し、わたしが1996年にニューヨークへ移住したときには、すでに大人気。予約をとるのもたいへんだった。森本氏はそのNOBUでの活躍が注目されて、「料理の鉄人」の「和の鉄人」に抜擢されている。夫もお気に入りの番組で、よく見ていたものだ。

    デリーにあるMEGUも、ニューヨーク起源の高級店。NOBUと同様、独創的にアレンジされた日本料理が楽しい。日本人の知らない日本料理が世界各地に存在し、それらを好む人たちが世界各地にいる。海外の日本料理店で定番化されている半世紀以上前に誕生したカリフォルニアロールなどは古典中の古典。海苔になじみのない米国人が食べやすいよう、海苔を内側巻いたのが、この寿司ロール誕生の背景だ。うなぎを巻いたドラゴンロールやアヴォカド・サーモンロールなども、そこから派生したもの。

    昨日も出された「銀鱈の西京焼き」などは、その典型だろう。米国在住時は、夫と日本料理店へ行くたびに、必ず注文していた。だめだ、書き始めるとまた止まらない。思えば2002年に出版した我がエッセイ集『街の灯(まちのひ)』(ポプラ社刊)にも、「寿司とニューヨーカー」というエッセイを記している。あれから22年。歳月は流れるなあ……。

    以下、19年前にムンバイのWASABIを訪れた時の記録など、残しておく。

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    🍣インド彷徨 MUMBAI /日本料理店WASABI@The Taj Mahal Palace Hotel (2005/08/31)
    http://www.museny.com/2005/india/04.htm

    🍣[MUMBAI] WASABIで過ごす誕生日の夜。鉄人森本氏にも再会。(2008/08/31)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/08/mumbai-wasabi-5.html

    🇮🇳🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺(みなみてんじく)で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。

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    一月往ぬる。二月逃げる。三月去る。毎年恒例の、この時節の感傷。しかし今年は、例年になく、満たされている。半年ほど前から、「心の在り方」を努めて見つめ直したり、聖地を歩いたり、短時間でも瞑想を心がけたりしているせいかもしれない。

    去りゆく情景を留め置く。

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    わたしの初節句に両親が買ってくれた雛人形。英国統治時代、100年ほど前に作られた家具がよく似合う。生まれ故郷の熊本→福岡→下関→東京→ニューヨーク→ワシントンD.C.を経て、バンガロールに辿り着いた。先日、若者らが集ったときのこと。彼らがこの雛人形や、わたしの古いアルバムやノートを目にするたびに、「よく持ってきましたね!」と感嘆する様子を見て、改めて実感する。自分にとっては「ついこの間のこと」のような出来事が、はるか彼方。じわじわと色褪せ、朽ちてゆく。

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    藤井風の新曲『満ちていく』が衝撃的。『帰ろう』に並ぶインパクト。わたしが今、この年齢になって実感することや、ラマナ・マハリシをはじめとする宗教を超えた聖者のことばが、短い歌詞に託されているかの如く。さらにはOfficial Videoのマンハッタン! なじみの光景が映像から溢れ出て胸に迫る。インドに移住しても毎年、訪れていたニューヨーク。しかしCOVID-19パンデミックで途絶。2019年以来、5年も帰っていない。苦労して手に入れた永住権(グリーンカード)の更新も諦めた。これもまた、人生の節目。

    「変わりゆくものは仕方がないねと、手を放す、軽くなる、満ちていく」

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    友人の誕生日に招かれた午後。ムスリムの彼女は今、ラマダン(断食)につき、太陽が大地を照らす間は、飲食物を口にしない。しかしゲストには、多くの美味なる軽食でもてなしてくれた。暑い時期の、インドの飲み物のひとつ、シャルバット(Sharbat)。アラビア語。シャーベットの語源だという。これはミルクにサフランやバジルシードが入ったもの。おいしい。バジルシードには食物繊維のグルコマンナンが含まれているという。ヘルシー。

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    その翌日訪れたVEGAN MARKETにて。赤いボトルは天然のバラの花びらで作られた定番のシャルバット濃縮液。オレンジのボトルは、サフランとカルダモン入り。どちらも風味よく自然の味わい。購入した。

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    タンダイ (Thandai) もまた、ホーリーに欠かせない夏の飲み物。ミルクの中に、アーモンドやフェンネル、カルダモン、サフランなどのスパイスがブレンドされている。昨今のインドでは、昔ながらの飲み物を現代風にアレンジして飲むのが定番化している。新聞記事にもアレンジが紹介されるなど。新居完成以来2年間、やめていた新聞を、再び定期購読し始めた。やはり紙がいい。

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    異業種交流会……的な集いに招かれ、若き優秀なアントレプレナーたちと語り合い、刺激を受けた夜。昨今のバンガロールは、信じられないほど多くのおしゃれなレストランがオープンしていて、知らない店がたくさんだ。そして才媛らが異口同音に、韓国ドラマのよさを熱弁。「NETFLIXでたくさん公開されてるものね」と言えば、「Rakuten Vikiが最高よ!」とのこと。な、なんですか? この夜、初めて知りました😅 「BTSのロンドン公演に行った」とか「普段は韓国コスメを愛用している」とか「韓国でゆかりの地を巡った……」とか。ビジネスの話よりも熱がこもる。『冬のソナタ』ブームを思い出す。ここ数年の韓国ドラマブームと、それに伴う消費傾向。綴りたいこと尽きず。

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    ミューズ・クリエイションの学生メンバーにいただいた日本土産。子供のころから好物のおかき系。わたしがブログか動画で言及していたことから、敢えて選んでくれたとのこと。うれしい。おいしい。とまらない。あぶない。半年前の名古屋、NORITAKEで購入したマグカップ。お気に入り。