ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~

食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味します。

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    Eコマース界隈の急伸と、昔ながらの宅配サーヴィスの進化に伴い、食料品の調達が便利になった昨今。オンラインのスーパーマーケット、BigBasket.comを初めて利用したのは2014年。以来、内容は拡充し、試行錯誤を経て利便性は高まっている。とあるイヴェントで、CEO夫妻と話をしたことがあるが、そのコンセプトにも感銘を受けた。

    今、読み返したら、興味深い内容だと再認識。このとき、日本のソフトバンク、孫正義氏が多大なる投資をしたことでも知られるインドの配車サーヴィス「Ola」のCEOの話も聞いた。参考までにシェアしておく。

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    ◉経験を生かして「問題解決」を目指した結果。経験がないからこそ「リスク」を恐れなかった結果。(2019/02/08)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/02/bbola.html

    冒頭から話が逸れた。

    そのBigBasketが、COVID-19のロックダウン下で、新たなサーヴィスを開始した。スマートフォンにダウンロードしたアプリから注文できるBBdailyというもので、夜の10時までに注文したら、朝8時ごろまでに、玄関先まで配達してくれるというもの。最初は牛乳やヨーグルトなどの乳製品だけだったが、気づいたら、野菜に果物と次々に選択肢が増え、今や、スーパーマーケット状態。便利である。

    さらには、以前も記した通り、週末はNamdhari’sが、店ごとアパートメント・コンプレックスまで来てくれる。Namdhari’sとは、2000年、スィク教徒によってバンガロールに創業されたヴェジタリアンの食材のみを扱うグローサリーストア。母体は野菜や果物の「種」の会社で、欧米、東南アジア、日本にも種子を輸出している。

    バンガロール郊外にある自社の直営農場では、オーガニックではないものの、安全な野菜を生産。果物などは、海外からの輸入品も販売している。その他、穀物や乳製品、調味料、菓子類、日用消費財なども揃う。完全にヴェジタリアン向けのため、卵は置いていない。

    このNamdhari’s、旧居には土曜日、新居には日曜日、店を開いてくれることから、外出せずとも気軽に購入できるのが便利。先ほど、フルーツ大好きな夫が、自ら買い物カゴを下げて購入してきた果物などを、きれいに洗って冷蔵庫に納めた。

    ちなみに2枚目の加熱して食べる種のバナナは、数日前にBBdailyで購入していたもの。輪切りにして蒸して食べるのもおいしいが、今日は軽くバターで焼いてみた。するともう、これが旨味たっぷり、甘さのなかにほんのり酸味があり、極めておいしく出来上がった。このバナナでパンケーキを作るのもいいかもしれない。

    BigBasketでは、商品の特徴や効能、調理法なども記されており、極めて実践的。このバナナはケララ州原産で、栄養価が非常に高く、妊婦さんやアスリートにもお勧めだという。ヴァイタミンC, B6やカリウムなどを含有し、免疫力を高め、骨を強し、消化を促進するなど、非常に「よさげ」だ。

    マンゴーのシーズンはそろそろ終わるが、今はジャックフルーツもおいしい。黄色い実の部分だけが売られているが、全体像は巨大な緑色のトゲトゲした果実。友人宅の庭になっていた写真を発掘したので載せておく。

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    日本語では波羅蜜(パラミツ)と、仏教的な響きの名を持つこの果実もまた、栄養価が高くさまざまな効能がある。このまま食しても、独特の歯応えと甘味がおいしいが、チップスなども売られている。また、加熱調理し、惣菜として出されることもある。

    そして今の時期、わたしが果実のなかで一番好きな「マンゴスティン」が食べられるのも幸せ。当たり外れはあるものの、わたしはマンゴーもさることながら、マンゴスティンが果物の女王だと思っている。

    ……と、果物ひとつをとっても、話が尽きぬ。新居の外庭の使い方をまだ考えていないのだが、やはり一部は果樹園にするべきか。ハーブ園にしたい、いや、日本庭園……? いやいやヤギや鶏を飼育したい……などと、未だに方向性が見えていないが、果樹園。いいかもしれない。

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    現在は、インド各地でモンスーンの時節。デリーは数週間前、大雨が続いて道路が冠水し、たいへんだったようだ。それを思うと、少々の蒸し暑さくらい辛抱せねばと、昨日は外出を試みた。

    所用もあって、近所のHauz Khas Villageへ。十数年前「お洒落なエリア」として脚光を浴び始め、玉石混淆ながらも歩くのが楽しかったこの界隈。

    しかし今は、廃れ気味の感が否めない。そもそもから、雑然とした古い路地に、洗練されたブティックやカフェなどが点在するエリアだったが、お洒落で目を引くブティックが減っていると、単に古びた通りになってしまう。また時代は巡るだろうけれど。

    その後、サケットというエリアにあるショッピングモール群へ。平日だというのに、多くの人々で賑わっている。

    2020年1月に義父ロメイシュが急逝して、心の整理がつかないまま、世界はロックダウン。ようやく去年の10月、2年8カ月ぶりにデリーを訪れ、今年の1月に京友禅サリーの展示会をして……。

    毎回、家の片付けなどに追われるばかりで、気持ちが落ち着く余裕がなかった。まだ、内装工事、壁の再塗装やカーテンの付け替えなど、あれこれとやるべきことはあるのだが、今回は、さすがのわたしも数日であれこれをやり遂げる気力なく、次回に見送ることにした。

    バンガロールの旧居、新居、そしてデリー宅。さらには福岡の実家。どこに行っても、片付けばかりしている。尤も、片付けによる変化を楽しんでもいるので、昨今では「片付けも趣味のひとつ」ということにしているが、体調の管理も大切。慣れない気候の中で張り切って、主要行事の前に体調を崩してはいけないので、今回は控えめだ。

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    昨日はモールを歩きながら、ロメイシュ・パパが思い出されて、少しブルーになってしまった。パパが好きだったベーカリー (Bread Talk) や、パパが好きだった靴屋 (Hush Puppies)が目に飛び込んできては、泣けてくる。デリーには、パパとの思い出がいっぱいだから、夫もわたしも、まだ感情が揺れやすい。

    とはいえ、パパはわたしたちのそんな様子を望んではいないはず。上階に暮らす義理の継母のUmaを誘って、夕飯を共にする。アルヴィンドの実母は、わたしが夫と出会う数年前に、慢性白血病で他界している。

    そして、パパとUmaが出会ったのも1996年7月。なんと、わたしたち夫婦がニューヨークで出会った5日後のこと。そして結婚したのは、わたしたちよりも半年早め。ゆえに、二人が夫の両親として、嫁であるわたしを迎え入れてくれたのだった。

    夕飯は、一昨日は家で、昨日は近所にある人気店、PLATSにて楽しんだ。家での食事は、もう30年以上、デリー宅を守ってくれているドライヴァーが準備してくれる。彼は運転だけでなく、さまざまなことを管理してくれる大切な存在なのだ。

    PLATSのコンセプトは、以下の通り(ホームページの概要を要約)。

    ・フランス語で「皿」または「プレート」を意味するPlats
    ・料理のジャンルにはこだわらない。創造力とテクニックを駆使
    ・旬の食材を用い、各国料理の味付け取り入れる
    ・コンテンポラリーなダイニング体験を提供
    ・洗練されていながら心地よく、親しみやすい雰囲気

    とまあ、こんなところか。開業したのは2019年の終わり、パンデミックの直前だったので、諸々たいへんだったようだが、デリヴァリーの拡充でしのいだとのこと。インド都市部の飲食産業は、パンデミックを経て大きく変容したとつくづく思う。

    イタリアンにアレンジされたポーク・ダンプリング(小籠包)や、野菜のグリル、シーフードサラダ、コロッケ風、マッシュルームのクリームパスタなど、小皿料理やメインをシェア。どれも、ユニークながらも奇を衒わず、とてもおいしかった。デリー宅から徒歩数分のご近所につき、また来ようと思う。

    https://www.plats.co.in/

    ところでUmaは、昔から、インドファッションの着こなしがとても上手。昨日は、ロング丈のハンドブロックプリントのスカートに、クルタ(トップ)を合わせていて、とても素敵だった。マキシマム丈のスカートも、こうして着ると、重くなりすぎずにいい感じ。今度、真似してみよう。

    ちなみにこのハンドブロックプリント(木版更紗)は、アジュラック染めと呼ばれるもので、インダス文明時代からの歴史を持つ。すなわち数千年前。現在のパキスタン、シンドゥと呼ばれるエリアが起源とされており、イスラムの幾何学模様や植物、花などがモチーフとなっている。

    インドでは、グジャラート州やラジャスタン州で作られてきた。インド亜大陸のテキスタイルの歴史は、本当に古くて、豊かだ。

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    今日やらなくていいことは、全部後回し。

    禁断の、やめられないとまらないポテトチップス。

    バンガロールのインド菓子ブランド ANANDもの。

    過剰包装が、過剰だよ! ご贈答用なの?

    大袋でミニマム包装なパッケージを作ってください。

    100gなんて、一瞬。

    ビールは、超久々のEight Finger Eddie。

    ちょっと甘いけど、濃厚で美味。

    ちなみに現在、入手できるインドビールで、わたしが一番好きなのは、

    Arbor Brewing CompanyのBangalore Bliss、もしくはIPA。

    しかし、激レアなのよ。Thom’s に行って調達せねば。

    今、NetflixのKing the Land観ながら、律儀にアップロード。

    あ〜。至福!

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    日本に住んでいた20代のころまでは、「ごはんと味噌汁」を食べずにいても、特に問題はなかった。むしろ日本料理を食べることの方が少なかったし、長期出張中なども、特に日本食が恋しくなることはなかった。

    しかし、年を重ねるごとに、嗜好は変化する。それまで特に好きではなかった味噌汁を「おいしい」と感じるようになったのは30代後半になってからだった。40代でインドに移住してからは、簡単に手に入らないという現実も手伝ってか、日本米や味噌を重宝するようになった。

    長い旅行の後、久しぶりに帰宅して用意するのは日本米と味噌汁。インド人の夫でさえも、「やっぱり、家のご飯は落ち着くねえ」などという。だいぶ、間違っている😅

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    我が夫のケースはさておき、年を重ねるにつけて、生まれ育った国の基本的な食事が、身体に合うことを実感するように思う。特に顕著なのは「病み上がり」。体調が悪いときの炊き立てご飯や味噌汁、あるいはおにぎりが、どれだけおいしいか。

    さて。先に写真をご覧になった方は、一部、雑というかダイナミックな盛り付けに驚かれたかもしれぬ。新鮮な豆腐を手に入れにくいから、夫の好物でもある高野豆腐(大きいのを齧るのもおいしい)は常備。これらは最近の、朝食や昼食の写真だ。無論、毎日、日本米を炊くわけではないが、頻度は増えた。なお「谷藤米」は、インドで作られている日本米で、最近のお気に入りだ。

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    ミューズ・リンクス(坂田のビジネス部門)では、過去10年以上に、不定期ながらも多様なセミナー(インド・ライフスタイルセミナー)を実施している。中でも『インドでの食生活と健康管理』は、開催頻度も高く、最優先してきた。なお、文化や歴史、日印関係などを伝える「パラレルワールドが共在するインドを紐解く/必修編」は、ロックダウンのころ、オンラインで実施し、それを編集してYoutubeにアップロードしている。

    それらも大切だが、インドに「暮らし働く」人たちには、何をおいても健康管理が最優先だ。元気でなければ、仕事どころか、生きていくことさえ辛い。

    バンガロールの食生活は、10年前と比べると、雲泥の差で便利になり、選択肢も増えた。情報源を確保し工夫すれば、健康的な食生活を実現できる。しかし、日本の利便性を優先した食生活に馴染んでいる人にとっては、暮らしのハードルは高いようだ。

    結果、日本から持ち込んだ大量のインスタント食品を常時、食べ続けることになる。かつてミューズ・クリエイションのメンバーには、折に触れて伝えてきた。「極力、新鮮な料理を作りましょう」と。料理の得手不得手はあるにせよ、最低限の自炊をするか否かで、ライフの質は大きく変わる。

    日本での仕事を辞めて帯同した女性たちの中には、「専業主婦になる」ということ自体に違和感を覚える人が少なくなかった。家事や料理をすることにも抵抗感を覚える気持ちは、わからないでもない。

    しかし。人生はチームワーク。異郷の地で就労できない以上、家族の命を健康に保つための食生活管理部門は、帯同の妻が担うのが賢明だと考える。タフな労働環境のもとで働く夫や、慣れない学校に通う子どもたちのためにも、滋養のある食事を作ることが、妻の重要なミッションだと思うのだ。

    単身赴任者が体調を壊し、精神的にも参っている様子を、これまで無数、見てきた。諸悪の根源が「インド」のせいになっているが、いや、自分の心身を守るのは、自分の責任でもある。日本人の多くはハードワークで睡眠不足、ストレスを溜めがちだ。そして気軽に市販薬を飲みすぎる。……だめだ、話がどんどん長くなってくるので、一時停止。

    最低でも、元気が出ない時こそ、「ご飯と味噌汁」を食べよう、という話である。インドでも、米や味噌は手に入る。味噌汁に野菜や卵を入れれば、一汁一菜、それで十分。インドはまた、米の種類も豊かな国。パサパサとした長粒米は、焼き飯やパエリア風など、炒めるとおいしさが際立つ。また北東インドのブラックライスは、もっちり餅米のようで味わいもよく、栄養価も高い。多めの水に長時間浸して、炊く必要があるが、お勧めだ。

    このごろは、書き残したいテーマが多すぎて、日頃の食生活の記録がおざなりになっているので、「米と味噌汁」の記録写真をまとめて載せつつ、関連リンクも貼っておく。ちなみに、たまたまダイエット関連のことを書くために撮っておいたタンパク質豊富な鶏肉料理の写真も載せておく。インドの鶏肉は美味。骨つきの肉をスープにしつつ、一石二鳥な簡単料理についても、後日記そうと思う。

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    なお来月中旬、久々に『インドでの食生活と健康管理』のリアルなセミナーも実施する予定(@ヤラハンカ宅)。後日、詳細を告知する予定だが、関心のある方はあらかじめ、お知らせください。

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    ◉ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~(食の記録専用のブログ)
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    10月初旬に日本へ一時帰国して以来、濃密な日々を過ごしてきたが、土曜の夜、妹夫婦を見送ってひと段落。わずか5泊6日、実質4日間の滞在ながらも稀有な時間を過ごせたのではないかと思う。「ご家族がいらしているの? ぜひお連れして」という感じで、無条件に歓迎してくれるインドの友ら。

    わたしにとってはすでに「当たり前のこと」となっているインドの社交の姿は、しかし一般的な日本人にすれば、慣れない習慣なのだということにも気付かされる。

    ともあれ、わたしは今、この社会に暮らせていることを、本当にありがたく思う。

    日曜の午後は、アーティストの友人JAYAの個展だった。会場は、数年前、市街北部にオープンしたThe Leela Bhartiya City Bengaluru。隣接するモールには訪れたことがあるが、ホテルは初めてだ。

    彼女も妹夫婦を招いてくれていたのだが、帰国の翌日だったので、夫と二人で訪れた。これまで何度となく紹介してきたが、わたしたちの新居には、彼女の作品が4枚ある。いずれの絵画も、購入したときに思い描いていた以上に、新居の空間になじみ、わたしの心を和ませてくれている。

    実はまだ、絵を飾られる「壁」の余白は各部屋にある。暮らしながら、調えていこうと思っていた空白。先日のA HUNDRED HANDSでは、チベットの絵画を1枚購入した。そして日曜日も、以前から気になっていたJAYAの絵を2セット、購入したのだった。

    夫もわたしも、以前から欲しいと言っていた絵。好みが一致し、ほぼ迷うことなく選んだ。

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    会場には、親しい友人や、久しく会っていなかった友人知人らにも会うことができ、話が弾む。ところで1枚目の写真は、友人のYashoとLakshmi。絵画の前に立つ2人の姿に目が釘付けになり、ポーズを取ってもらった。絵画とファッションが溶け込んでいる。本当にすてき。

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    その後、展示会場に隣接するダイニングで、サンデーブランチ。このブランチがまた、非常においしかった! かつて、ITCホテルの名インド料理店で女性初のシェフを務めていたYashoと、昨今のインドの外食産業の急伸についても語り合う。彼女の食に関する知識もまた、広く深く、ちょっとした会話からも学ばされることが多い。

    先日のTAJ WEST END にせよ、このホテルにせよ、ブッフェのクオリティがここまで上がるとは……と、感嘆することしきり。インドの食や食文化についても記したいことは多々あれど、追いつかぬ。

    さて、これから「女性の勉強会グループ」のディワリ・ランチに出かける。本当は着物で参上したかったが、まだ着付けを習得できておらず、サリーにて赴く。近々、Youtubeを見ながら着付けの特訓をせねば!👘

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    🎨JAYA JAVERI インドの自然や情景、歴史を刻む建築物……。やさしく慈しむように描く画家、ジャヤ・ジャヴェリの世界。

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    バンガロール北部、空港へ向かう途中の田園地帯にあるFarmlore。2020年に開業したこの店には、昨年8月の我が誕生日と、大晦日の2回訪れた。長閑な環境の中で、「食のエンターテインメント」を心ゆくまで楽しめる、とてもすてきな場所だ。

    先週の土曜日、デリーから出張中の男性2名とランチを共にすべく、久しぶりに訪れた。

    Kyodo News(共同通信)のジャーナリスト、高司氏とAshish。高司氏は、半年前にデリー宅で『京友禅サリー展示会』を開催した際、取材に来てくださった。その後、オンラインで追加取材を受け、記事にしていただいた。高司氏が配信した記事は、いくつかのメディアに取り上げられたようで、そのうちの一つも送っていただいていた。

    Ashishは、2008年から同社に勤務されているということで、もちろん訪日の経験もあり。こうなるともう、話が盛り上がらないはずもなく……! 料理を楽しみつつ、会話も尽きず。12時30分の開店を待たず、一番最初に店に到着していたにも関わらず、「まかない」が準備され始めた3時過ぎまで、贅沢なランチタイムを過ごしたのだった。

    実は高司氏。デリーでお会いした際は、こちらが取材をお受けする側だったので、京友禅サリーについてご説明したのだが、わたしもいつもの習慣で、彼のバックグラウンドなどもお尋ねした。すると、ご出身が福岡だという。福岡のどちらですかと尋ねると、東区だという。え? 東区のどちらですかと尋ねると……多々良だという。

    多々良……! 名島の実家から徒歩圏内の隣町である。実はその日、やはり偶然にも、福岡市出身の駐在員ご夫妻が来訪されて会話が盛り上がり、結局、みなさんとデリー宅でワインを開け、スナックを食べ、最後には夕飯も一緒に楽しんだのだった。思い返すに、かなりユニークな夜だった。

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    さて、肝心のFarmlore。概要だけ、簡単に記しておく。過去の記録に詳細を残しているので、関心のある方には、ぜひ下記のリンクにも目を通していただきたい。

    バンガロール出身のオーナー、そしてチェンナイ出身の若き3人のシェフがキッチンを仕切る。ヘッドシェフは、コペンハーゲンの名店Noma(ノーマ)でインターンの経験がある女性、Mythrayie。男性シェフらはそれぞれ、スウェーデンやマレーシアのレストランで働いた経験もある。

    Farmloreでは、「地産地消」「伝統的な食文化への敬意」「大地との繋がり」をコンセプトに、創造性を駆使した実験的な料理を提供している。自然農法に基づいた食材選びに始まり、環境に配慮したキッチンや店舗の構成。発電はソーラーパネルによって自給自足され、併設の水耕栽培ファームで育まれた新鮮な野菜が用いられる。

    店は完全予約/前払い制。グループは6人まで。子どもは12歳以上。料理は「シェフにお任せ」で、平日ランチは5コース、ディナーは10コース。ノンヴェジタリアンも、さまざまな食材が用いられるので、あらかじめ食べられない食材は申し出ておく必要がある。

    中でも鍵となるのは、マンゴー。このファームはマンゴーの森の只中にあり、その恩恵を受けていることをつぶさに感じられる。釜の燃料も、燻製に使う木も、数種類のマンゴーだ。

    料理を供するたびに、シェフやスタッフが、丁寧に食材などを説明してくれる。この店もそうだし、ムンバイの名店、Masqueもそうだが、この実験的なキッチンは、かつてスペインのカタルーニャ地方にあった世界的に有名な前衛的レストラン、「エル・ブリ(エル・ブジ)」の流れを継承している。

    わたしたち夫婦は、2016年にバルセロナを旅した際、エル・ブリで腕を振るっていたシェフらが創業した「Dis Fru Tar(ディスフルタール)」で食事を楽しんだ。

    そのときの様子なども、過去の記録にリンクを残しているので、関心のある方がご覧いただければと思う。書きたいことは尽きぬが、毎回、長くなりすぎるので、この辺にしておく。

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    🍴……と思ったが、やはり料理の写真を見るに、料理について触れずにはいられない。今回、感動した味覚の一つは、ケララから独自のルートで直送される牡蠣。わたしの好きな「海苔のような風味」がある牡蠣で、謎めいたソースとの相性が抜群。その他、ダックや白身魚、ロブスターなども出されたが、トビコのソースがかかったロブスターが、殊のほか、おいしかった。

    🐜店を出て、農道を歩いている時、赤い蟻を見つけたAshishが、「トッピングの蟻って、これかな?」という。「え? なに? 蟻?!」……何言ってんの? 的な反応をする高司氏とわたしに、Ashishは、写真を拡大して見せる。

    カラメルのようなトッピングだと思っていたが……蟻だった!! (2枚目の写真の左奥、クリームの上)

    その後、Ashishは、シェフにWhatsAppで蟻を使う理由を尋ねたところ、カルナータカ州のクールグ(コーヒー豆の産地でもある)では、赤い蟻をチャトゥネにして食べる文化があるという。亜鉛を含んでいるほか、マンゴーの木から得た柑橘の酸味もあるという。
    まったく気づかずに、ハフッと食べてしまったよ😅

    🍷従来、アルコールは持参だったが、今回はワイン提供のライセンスを取得されたとのことで、店で注文できるようになっていた。ゆえに、持ち込みはできない。念のため。

    🍚ところで、最後のオープンキッチンの写真は「まかない」の図。非常に、おいしそう。前回も記したが、おいしい「まかない」を出す店は、いい店だ。若い頃、複数の飲食店でアルバイトをした経験のある者として、力説する。

    🥭大晦日はFarmloreで、至福の10コースランチを楽しむ。2022/12/31 
    https://museindia-fuoes.wordpress.com/2022/12/31/farmlore-2/

    🥭Double Happinessな2022年8月31日①我が誕生日 2022/08/31 
    https://museindia-fuoes.wordpress.com/2022/08/31/farmlore-4/

    🇪🇸[Barcelona 10] 五感と五味を刺激せよ! 未知の味覚世界へ。2016/10/08
    https://museindia.typepad.jp/_2016/2016/10/barcelona10.html

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    一昨日の「浴衣 (Yukata)」を、いろいろな方から褒めていただき、大変うれしい。今回の日本にて、季節外れかもしれないが、もしも入手できれば新しい浴衣を買いたい。なにしろ、持っているのはこの1枚と、あとは高校時代(!)の体育祭で盆踊りを踊るために仕立ててもらった40年ものが1枚あるのみ。「ヴィンテージ浴衣」として、これも別の機会に着ようと思う。

    さて、オベロイホテルのWABI SABIという日本料理店を貸し切って開催された一昨日のイヴェント。今回も、グローバルな実業家たちのグループ、YPOが主催するもので、親しい友人が幹事だったこともあり、手伝うことになった次第。実は2年前にも、YPO主催の日本に関するイヴェントをサポートしたことがある。

    そのときには、わずか1週間足らずの準備期間で、参加者40名の浴衣を仕立てたり、日本風の会場を手配したり、驚くべき速度で「ジャパン・ナイト」が実現した。パンデミックが明けて以降、日本を旅するインドの友人らが急増し、各方面から日本についてを尋ねられる。彼らの好奇心を満たすべく、日本の魅力を引き出すアイデアは数々、湧き出るのだが、わたしの身一つでは足りず。ひとまずは、一人で動けるところから……と、動いている次第。

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    この日のわたしの役割は、日本料理の概要を説明すること。当初は、主催者の要望もあり、ヴェジタリアンの人が、いかに日本で食事を楽しむかを話すつもりだったが、それだけでは当然ながら日本料理の魅力が伝わらない。

    ヴェジタリアンは精進料理との関わり、「禅」の教え、店の名前にもなっている「侘び寂び」についての説明をしつつ、インドにおけるサトヴィック料理との共通性などを説明。それ以外は、肉や魚などを含む、日本食の歴史や基本的なメニュー、諸々の背景などについて語った。日本人の国民食としてのカレーの説明や、インド独立の革命家らによって育まれた中村屋のカレーや銀座ナイルレストランのカレーについても言及するなど、そこそこに深い。

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    ところで、友人のYashoが着ているのは、バンガロールのブティックで購入したという日本の羽織(はおり)。実は海外で、日本の羽織風をデザインし「キモノ」と称して販売しているケースは少なくない。こういう着こなしも素敵だ。

    デザインによっては、サリーの上に羽織を着るというのもありだと思う。南はともかく北インドは冬場寒くなる。サリーの上にカーディガンやパシュミナのストールなどを羽織るのが一般的だが、羽織ならば、ゆとりがあるので、サリーの上からでも着やすいし、美しい。日本で仕入れてこようかしらとも思う。

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    シェフによるクッキングのデモンストレーション、そしてわたしのレクチャー、食事……と豊かなプログラムだった。わたしからは、コンプリメントでギフトを準備。毎度のように、参加者の名前を「いい感じの漢字」の当て字で記し、京友禅柄のかわいらしい千代紙で鶴を折った。千代紙の美しさも、本当に格別。ミューズ・クリエイションの活動でも使ってきた千代紙。このごろは、一時帰国のたびに、上質なものを入手し、ギフトにアレンジして使っている。

    筆ペンと紙と千代紙さえあれば、日本風の世界が表現でき、特別なギフトになるのがいい。ちなみに、幹事が準備したギフトは、著作権フリーの写真をプリントしての日本風の箱、そして名入りの夫婦箸、寿司などを盛り付けるのに好適な黒い石製のお皿。WhatsAppで情報交換しつつ、彼らは瞬く間に、業者に頼んで準備してくれる。

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    わたしが、インドの富裕層やアカデミック層、社会的な影響力を持つグローバルなコミュニティの実態について、折に触れて克明に記すのは、この国の強さの理由のひとつを、日本の人たちにも知ってほしいからだ。インドに対して「新興国」と下に見る人が多いからこそ、敢えて。思いは募るが今日もまた、拙速ながらも経験を記す。

    🇯🇵わずか1週間で準備完了! 日本がテーマのヴァレンタインズ・デー(2021年2月)
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/02/valentines.html

    🇯🇵日本の酒と日本のお茶。日本の味覚でインドの友人知人をもてなす夜。(2022年9月)
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/japan.html

    🇯🇵YPOフォーラム/ドキュメンタリー動画 久しぶりに集った盟友8人。(2020年12月)
    親日派の彼女たちに聞く日本旅のエピソード。日本の文化やライフスタイルに対する印象
    https://youtu.be/7ZmPZQIHuuk

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    先週の火曜日。午前のミーティングを終えた後、午後の所用がカニンガム・ロードに近かったことから、久しぶりにInfiniteaでランチを取ることにした。ちょうど、オーナーのガウラヴも食事をしているところだった。彼に会うのもまた久しぶり。元気そうで何よりだ。

    2005年11月、米国からバンガロールに移住したわたしたち夫婦は、カニンガム・ロード沿いのアパートメントに居を定めた。引っ越してまもない、ある夜のこと。夫と二人で夕飯を取るべく、カニンガム・ロードを歩きながら店を探していた時に、このInfiniteaを見つけたのだった。

    当時、まだ20代半ばだったガウラヴ。そのころから、彼はとてもフレンドリーで、ゲストへの配慮も濃(こま)やかだった。初対面の際に交わした言葉がきっかけで、彼のバックグラウンドに興味を持ったわたしは、その後、一人で再訪した際、インタヴューをさせてもらった。

    以降、拙宅でチャリティ・ティーパーティーを開催した際には、ティー・テイスティングを実施してもらった。また、ミューズ・クリエイションを創設してからは、店舗でインドの紅茶講座とテイスティングをさせてもらったこともある。

    先週、撮影した写真は、彼とシェアしたあと、そのままフォルダの中に眠りかけていた。ところが今朝、Facebookの投稿で、Infiniteaが20周年を迎えたことを知った。

    わたしもまた、18年前の記録を遡り、懐かしい写真を発掘。インタヴューさせてもらった記事は、『深海ライブラリ』ブログに転載した。当時のバンガロールの息吹が、伝わってくる。あれから、変わったもの、変わらないもの、その目まぐるしさ……。

    「お茶に合う料理を」と、創業当初から料理も菓子作りも、自ら試行錯誤してきたガウラヴ。当初はチベット風の蒸し餃子「モモ」が看板メニューだったが、今はヴァラエティ豊かにヘルスコンシャスなメニューも多く、いずれも安心できるおいしさだ。

    わたしがランチをとっていたら、彼の妻のDeekshaも店に来た。彼女とはこれまで、軽く挨拶をする程度だったが、この日はわたしの午後の約束の時間まで、延々と語り合った。

    今、18年前の記録を読み返して、つくづく、プロセス(過程)と歴史を知ることの大切さを、実感する。一筋縄ではいかないインド市場。

    今だけを見ても、見えないことは多い。利便性の追求を優先せず、欧米先進諸国とは異なるルートで、独自の発展を遂げているこの国。インド独立以前、マハトマ・ガンディの理念あたりから遡って、この国の産業や市場を眺めることが、大切なのだ。わずか18年の市場の変遷を見続けているだけでも、そのことを痛感せずにはいられない。

    このごろは、過去の検証が生きる(生かさずにはいられない)出来事が続く。記録し続けてきたことが、単に感傷的な回想に止まらぬ、さまざまな場面で「データ」として活用できるようになってきた。蓄積のアウトプットに試行錯誤する日々。無駄にしたくないと改めて思う。

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    ⬇︎当時、インドの人口は10億人余りだったことから、「十億分の一のインド」というタイトルにしていた。今や14億人。日本の3倍近い人口が増えている。遍く謙虚に学び知ることの重要性を、改めて思う。十把一絡げで、インドを語るなかれ。このインタヴュー記事はかなり興味深い内容。ぜひお読みいただければと思う。

    【十億分の一のインド】ガウラヴ・サリア (Infiniteaオーナー)/インド人インタヴュー(7/26/2006)
    https://museindia.typepad.jp/library/2006/07/gaurav.html

    ☕️第1回/紅茶講座&ティーテイスティング@Infinitea (12/11/2014)
    https://museindia.typepad.jp/mss/2014/12/tea.html

    ☕️第2回/紅茶講座&ティーテイスティング@Infinitea (01/11/2017)
    https://museindia.typepad.jp/mss/2017/01/tea.html

    ☕️Infiniteaで、お茶を飲み、食事をし、語り合う。月下美人は咲き、季節は巡る。(2020/06/14)
    https://museindia-fuoes.wordpress.com/2020/06/14/infinitea/

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    先日、『アシャの日記』の英語版の出版記念会が開かれた会場、Atta Galattaが、とてもすてきな場所だった。かつてコラマンガラにあった同店は、昨年、インディラナガールに移転したとのこと。店舗は1階と地階。サンドイッチやモモ(チベット風餃子)などの軽食を楽しめるカフェも併設されており、とてもいい雰囲気だ。

    ミューズ・クリエイションのチャリティバザールで、毎年販売代行をしてきたTULIKA BOOKSの絵本や、日本人にも人気の芸術性が高いTARA BOOKSの絵本など、インドの多様性を伝える良質な子ども向けの本も販売されている。

    地階にはまた、セミナーホールも併設されており、しばしばイヴェントやワークショップが開催されているようだ。来年には、ミューズ・リンクス(坂田のビジネス部門)の各種セミナーも少しずつ復活させようと思っている。新居はセミナー会場としての設備が整っているが、市街北部につき、利便性が高いとは言い難い。

    一方のインディラナガールは、界隈に店舗も多く、人々が集まりやすい場所だ。オーナーに確認したところ、会場の使用料金も良心的。何らかのイヴェントを開催したいとの思いが募る。

    なにしろ、書店とカフェが併設した場所というコンセプトがいい。我々夫婦が出会ったのも、マンハッタンのブロードウェイ沿いにあった大型書店、BARNES & NOBLEのスターバックスカフェ、だったからな。😸

    ところで、TULIKA BOOKSといえば、絵本を動画にしたすばらしい作品 “Why do the Bhils Paint? (『どうして水玉模様なの?』)” がある。ロックダウンで引きこもっていた時期、オンラインでミューズ・チャリティフェストを開催した。その際、ヴァラエティ豊かな動画作品を70本ほど作ったのだが、その中の一つが、その動画に日本語訳をつけたものだ。わたしが初めて、絵本を日本語に訳した作品でもある。

    本当に味わい深い動画につき、ぜひ、ご覧いただければと思う。

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    💧Why do the Bhils Paint? 『どうして水玉模様なの?』インド先住民族ビル族に伝わる絵画の起源を伝えるアニメーション。

    🥟ATTA GALATTA
    https://www.instagram.com/attagalatta/
    https://www.facebook.com/AttaGalattaBookstore/
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    昨日は、女性の勉強会で出会ったMiraのご自宅に招かれた。昨年、彼女と初めて出会ったときのこと。わたしの方にまっすぐに歩み寄り、わたしの両手を取って、「わたしは、自分の前世のうち、いちどは日本人だったと確信しているの」と、彼女は言った。80代の彼女は、しかし凛と背筋を伸ばして身のこなしも軽やかだ。先日のジャパン・ハッバにも、ひとりで来訪された。

    ウッタル・プラデーシュ州のラクナウが出身だという彼女だが、彼女の口からは、ご夫婦で日本を旅されたときのこと、日本での思い出話や数奇なご縁のお話が飛び出す。ご自宅の内装も、日本をはじめ、中国、韓国など、東アジアの家具調度品が配されていて、オリエンタルな雰囲気だ。昔、金沢で購入されたという屏風がひときわ上品に、日本の情趣を放っている。

    女性の勉強会には、外国人駐在員夫人のメンバーも在籍しているが、主にはわたしよりも年上のインド人女性。それぞれにキャリアをお持ちの優秀な方々だ。普段は、スピーカーの話を聞くのが中心だということもあり、お互いのバックグラウンドの話を聞く機会は少ない。しかしながら、昨日のランチでは、9名が食卓を囲み、北インドの美味な家庭料理を味わいつつ、言葉を交わす。

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    日本へ訪れたことがある人も少なくない。我が夫の母方祖父と同じく、現パキスタンのラホール出身で、インド・パキスタン分離独立の際にデリーに移住したという女性もいる。夫の祖父が、分離独立後に決死の覚悟でラホールに戻り、残してきた資産を取り返してインド側に戻ってきた話などをしたら、驚嘆されていた。

    夫の家族を巡る印パ独立時の歴史は、非常に興味深い。祖父の「007」的な決死の物語は、わたしもこれまで文字に残したり、人に伝えたりしてきたが、当時の状況や歴史的背景を知らない人に語っても、ほとんど響かない。

    しかしながら、昨日は、わたしの話を聞いてくれたお二人が「なんと! それはすごい」「分離後に、ラホールに戻ったの?」「それはすごいことだわ」と実感を込めてコメントしてくれる。先達の話を聞くことは、自分が書物やネットを通して学んだことをリアルに検証できる場でもあり、非常に興味深い。家族の絆が強いインドはまた、ファミリービジネスも一般的。別のメンバーからは、義父が創業された重工業の話などをお聞きするなど、これまたインドの産業の一隅を知る上で面白い話を伺えた。

    なんにつけても、インプットの多い日常だ。

    *Miraの許可を得て、写真を投稿しています。

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    🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。(超長編)

    https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html